色々と調べたり、印を消したり
まだ春華祭まで日があるのに、領へ呼び戻された。
お父さまいわく、私もアナベル姉さまも張り切りすぎてて、黙って見守るのはもう限界らしい。ライアン兄さまにも、お前たちはいつもより躁状態になってると言われた。
そうかなあ?
……せっかくアルから手袋をもらったのに。なのにディとのお茶会は行くのも招くのもダメと言われ、結局、ほぼ商会しか行ってない。
アナベル姉さまだって、他のお家へお茶会には行かず、お友だちを招くだけにとどめていた。これで張り切りすぎと言われるのは納得がいかないよねぇ。
でも、“天恵者”について知りたかったから、戻れるのはちょうどいいかも知れない。お父さまに聞いていいものかどうか、まだ悩んではいるけれど。
領に帰り、さっそく自室の本を漁る。
王都の屋敷でも探したものの、天恵者について記載のある本が全然なかった。領の本棚でも見つけたのは、数冊だけだ。そのどれもが、“天恵者がいた”くらいしか書かれていない。
100年ほど前、寒冷地に強い作物栽培に成功した人の記載がまだ詳しい方だろうか。
“天恵者は多く顕れど、真の天恵者と呼べる者は少ない。彼の者は、偽りなく真の天恵者であったといえるだろう”
これだけ。
思わず、それだけかーい!と突っこみたくなる。もうちょっと詳しく書いてもいいんじゃない?
ウルが言っていた“カイワタリ”についても調べた。たぶん、“界渡り”。
だけど、ブライト王国には帝国の資料自体が少ないからイマイチだ。
界渡りも天恵者も、前世の記憶持ちのことを言ってるんだと思うんだけどな。
“多く顕れど”ってあるのに、あまり記録が見つからないのは……もしかして、ウルが言ってたように迫害とか処刑とか、何か関係してるのかしら……。
「姫さん……さま。お茶をどうぞ」
久々にラクに会ったら、ちゃんとしたお仕着せ姿で、お茶を淹れられるようになっていた。赤い右目は、隠すように前髪が掛かっている。
「あ、美味しい。すごいよ、ラク!」
「ホントか?!」
「こら!ありがとうございます、だ」
リックに怒られながらもラクはエヘヘと笑う。
そんなラクを私はそばに呼んだ。ラクはすぐに私の前に膝をつき、うれしそうな顔で見上げてくる。
私は意を決して、大切な話を切り出す。
「ラク。あのね。この手の印、消してくれないかな?これがあるとね、お城に行けなくて困るの」
途端にラクの顔が強張った。
「お城……?姫さん、捕まったところだろ、それ。あぶないじゃないか」
「ううん、危なくない」
「ウソだ」
ぐっと眉間にシワが寄る。私はラクの手を取った。
「ラクにこれをあげる」
渡したのは、赤い石(魔石ではない)に“楽”の漢字を彫ったものだ。下手だけど、他の人にはムリなので私が彫った。ペンダントにして、首から掛けられるようにしている。
「??」
「ここにね、私がラクの名前を彫ったから。この文字はね、この世界でラクだけのものなの。……手の印なんかなくてもさ、私とラクはちゃんと繋がってるって印だから」
手の印が楽の字に見えることについて……
「アリッサ様には、これが少年を表す文字に見えるのですか?では、それだけアリッサ様と少年の結び付きが深いのでしょう」
と神官長に言われた。私がラクに名前をつけるときに思い描いたイメージが、ラクの魂にまで影響したらしい。
そうであれば、ラクはきっと〝楽”に相応しい中身になっていくのかなと思う。そうだったら、うれしい。
そして、それだけ私との繋がりが深いのなら……手の印を消しても大丈夫じゃないかと思うのだ。
ラクはペンダントを目を真ん丸にして見つめ、しばらくしてから私を見た。
「これ、オレの?」
「そう」
「へーえ、いいな、ラク。オレも兄貴もそんなの、お嬢からもらってないぞ」
テッドが覗きこんでラクの頭をグリグリする。ラクはテッドを見上げ、また、私に視線を戻した。
ふう、と小さくため息をつき、「わかった。印を消す」と呟く。
リックも手を伸ばしてラクの頭を撫でた。
「よし。いい子だ、よく出来たぞ」
……実をいえば、3人並ぶとラクが一番背が高いんだけど(といっても、ちょっとだけだ)、完全に末っ子扱いだ。
リックに褒められ、口元をモニョモニョさせながら───ラクはそっと私の手をとって、印を消してくれた。




