事件発生
主役の兄上が逃げ出し、おかげで僕が延々とご令嬢方と挨拶する羽目となった。
……あーあ、先にこっそり逃げておけば良かった。アリッサが来るのを見てから、と思っていたのが失敗だった。一体いつの間にか消えたのか、ザカリーはとっくに姿がないし。まあ、彼はパーティーで半分までいたこともないけれど。
無理矢理、笑顔を作り続けていたせいで顔が強張ってきた頃。
ようやく兄上が帰ってきた。まったく、もう。
でも、僕もちょっと抜け出して、アリッサのところへ行ってこようかな。
そんなことを考えていたら、突然、アリッサが後ろの扉から壇上に飛び込んできた。そして火龍公爵に抱きつく。珍しい事態なので、大公たちの視線が釘付けになった。
僕のところまで会話は聞こえなかったが……アリッサの作り笑顔がすごく気になる。何があった?
「アルフレッド。少し休憩してきたらどうだ?さっき、私の代わりに挨拶を任せてしまったから、疲れただろう?」
兄上!
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて少しだけ……」
事情を察した兄上の計らいで、僕もそっと席を外した。
「殿下!」
廊下を出たところで、青い顔の侍女が僕に駆け寄る。
「どうした?」
「あの、火龍公爵家のお嬢様が……急に倒れられて……」
僕は慌てて侍女の腕を引っ張った。
「声を下げるんだ!……王宮医は呼びに行ったのか?」
「は、はい、べ、別の者がすでに……」
今にも倒れそうになっているので、すぐそばの部屋へその侍女を連れて行く。そして手近なところにいた衛兵の一人を呼んだ。
「何故、倒れた?」
「わ、わたしがお出ししたお茶を飲まれて……味が、味が妙だと仰られて……そ、それで……」
「……そのお茶は、誰が頼んだか覚えているか」
震えてなかなか話せない侍女を、揺さぶりたくなるのを必死に我慢する。落ち着いて、話を聞かなくては。
「ひ、控え室へ入られる前に、火龍公爵家のお嬢様から……ア、アナベル様から命じられました。ライアン様と……お、お二人でした」
「君がすべてお茶の用意をした?」
侍女はハッと僕の顔を見た。みるみるうちに目に涙が溜まる。
「わ、わた、わたし……」
「大丈夫だ、落ち着いて。誰かから毒殺を依頼された訳じゃないんだろう?ならば、きちんとすべて話しなさい。変な隠匿をすれば、暗殺を目論んだ一味と見なす」
「……!」
脅して可哀相だけれど、記憶が鮮明なうちにすべて話してもらわなくては。
僕の後ろでは、付いてきていた衛兵が廊下に向かって軽く頭を下げている。すぐに近衛騎士団長のオーウェンが中に入ってきた。僕と目が合ったので、黙るよう手で指示する。
幸い、侍女はオーウェン団長に気付かず、震えながら自分がお茶を用意したこと、持っていく前に同僚から声を掛けられて少し離れたことなどを話した。
「なるほど。あとで、声を掛けた同僚が誰か、教えてもらうとして……オーウェン団長。彼女を念のため安全な場所へ」
「は、了解しました」
「え?」
侍女の震えが一際大きくなった。僕は彼女の腕を軽く叩く。
「処罰するためじゃない。君は何も見ていないと思っているだろうが、犯人はそう思わないかも知れない。君の身を守るためだ」
「アルフレッド殿下……」
「何もしていないなら、怖がる必要はない。堂々としているんだ」
「は、はい……」
 




