兄上の誕生日に向けて
カールトン商会のマシューが来た。
もうすぐマーカス兄上が10歳の誕生日を迎える。なので、兄上へのプレゼントをマシューに依頼していたのだ。すでに母上が(当たり障りのないものを)用意しているのは知っているが、最近、兄上とは仲良くなっているので、僕なりに選んだものを贈りたいと思ったからだった。
とはいえ母上やシンシア様の目が面倒なので、公式に贈らず、そっと渡すつもりでいる。
「もう少し早くお届けできると良かったんですが」
期限ぎりぎりになったことを詫びるように、マシューが眉を下げる。
マシューは学校へ通いつつ商会の仕事を手伝い、さらにアリッサの補佐もしていると聞いている。そんなに時間に余裕があるわけじゃないだろう。
気にしなくていいと言ったら、ますます恐縮されてしまった。
「それで……こちらがご依頼のあった品です」
マシューが取り出したのは、一振りの剣だ。
わざわざ王家の紋章を入れてもらった。大人が使うものより、一回り小さい。
実は、グレアムから来年くらいに一度、実際に魔物狩りをしてみましょうと提案されている。母上やシンシア様が知ったら、きっと大反対の案件だ。
しかし僕も兄上も、厳しい訓練をしている以上、己の腕を試してみたくて仕方がない。こればっかりは母上たちには分からない気持ちだろう。
でもって現在、刃の潰した模擬刀で練習しているのだが、もし、本当に魔物狩りへ行くとしたら……そのときは自分に合うちゃんとした剣が必要ではないかと思うのだ。ということで、こっそり、僕の剣と兄上の剣をマシューに頼んだ訳である。
───マシューから渡された僕用の剣を鞘から抜く。
軽く振ってみて……長さ、重さ、振ったときの手応えなどが模造刀より遥かに良いことに感動した。
うん、これはいい。
「ありがとう、マシュー。予想以上にいい感じだよ」
「それは良かった。兄君にも同じものを贈られるんですね」
意外だという言外の含みに、僕は素直に頷く。
「この頃、兄上との仲は良好でね。兄にはしっかり王位を継いでもらおうとゴマをすってるんだ」
へえ……とマシューが目を丸くする。そんなに驚かなくてもいいと思うんだけど。
「ちなみに……アリッサは何か兄上のために用意している?」
「お嬢様から僕に相談はありましたが、旦那様が公爵家で用意するから不要だとすべて手配されましたので」
なるほど。
……心根が貧しいけれど、ちょっとホッとしてしまった。
帰り際、マシューが溜め息混じりに愚痴をこぼした。
「旦那様は、お嬢様方は誕生日パーティーに出席させるつもりはなかったみたいです。だけど、他からの圧力で出席せざるを得なくなり……それでその、アリッサお嬢様のエスコート役に…………僕が任命されまして」
「えっ」
「殿下を差し置いて、申し訳ありません」
「い、いや、僕はアリッサと婚約している訳でもないし、エスコートとか無理だから……」
だから、マシューが謝る必要はないんだけど。
ただ、出来るなら、もちろんやりたかった。
は~、今後のことを考えたら、婚約者じゃないって痛いなぁ。
僕の心中を知らず、マシューはさらにボヤきを続けた。
「どうもアリッサお嬢様もアナベルお嬢様も妙なことを考えているみたいでして。今回のパーティー、一波乱あるかも知れません」
「……妙なこと?」
「旦那様が、二度とマーカス殿下のパーティーに招かれないよう、お嬢様たちの好きにしていいと仰ったんですよ」
ううーん、それは。
一波乱だけで済むんだろうか?
前の僕なら大歓迎しただろうが、今の僕は……あまり兄上を虐めないで欲しいと言いたい……。




