ちょっと冷静に自分自身を省みる
「アリッサ様と何かあったのですか?」
ウィリアムから問われ、僕は眉を寄せてそちらを振り返った。
「突然、なんだ?」
「これ。アリッサ様のためのものでしょう?急に作るのを止めるし、この頃はずっと不機嫌ですし。何かあったと思って当然でしょう」
ウィリアムが指しているのは、魔石に魔法印を刻むための練習石だった。机の引き出しに仕舞っておいたはずだが、いつの間にか上に置かれている。
僕はそっぽを向いた。
「なかなか上手くならないから、少し止めているだけだ。あと、別にアリッサのためにしていることじゃない」
何も言ってないのに、どうしてアリッサに関連していると思ったんだ、ウィリアム。しかも、何に使うかも分からないはずなのに。
ウィリアムはわざとらしい溜め息をついた。
「意地を張るのも構わないですけどねー、殿下の取り柄は愛想の良さくらいなんですから。いつまでもブスッとしてるのは良くないですよ?」
「どんな取り柄だよ。僕はいつもヘラヘラしていると?」
はあ~っと更に深い溜め息をつかれた。肩をすくめ、両手を上げられる。
「重症ですね、殿下。そんなだから、シンシア様が浮かれて城内に胡乱な噂が流れるんですよ」
シンシア様が浮かれている?胡乱な噂?
嫌な予感がする。
ウィリアムは、ちらりと僕を見た。
「お聞きになりますか?」
「……興味ない」
精一杯、意地を張ってそう答える。
ウィリアムは薄く笑って、そうですかと頭を下げた。
「では、僕はこれで失礼いたします。御用があればお呼びください」
「…………」
普段は言わなくていいと言っても勝手に喋るくせに。嫌味な奴だな!
夜着を持ってきたヘザーが、呆れたようにウィリアムに言った。
「ウィル。あまり殿下をいじめないであげてくださいな」
「はいはい、ヘザー母さん」
ウィリアムはくすくす笑い、扉へ向かいかけていたのにすぐ戻ってきた。
「先日のお茶会で、マーカス殿下とアリッサ様がいい感じだという噂が回っているんですよ。ま、まだ極一部だけですけど。でも、シンシア様がやたら機嫌いいうえに、アルフレッド殿下がぶすくれているので、信憑性が増してるんですね~」
…………アリッサの言葉を信じるなら、マーカス兄上は婚約話を断られたはずだ。
だけど、シンシア様のことだからマーカス兄上とアリッサが楽しげに談笑していたという話だけで勝手に先走りしているのかも知れない。
「……僕はそんなに機嫌悪そうか?」
「下働きの侍女たちの噂になるほどには」
「…………」
そういうつもりはなかったんだが。
というより。
僕は、別にアリッサに関係ないと言われたことを気にしていない。なのに、どうして機嫌悪いと言われるんだ。
ヘザーが僕の前に膝をついた。
「殿下。アリッサ様はまだ幼い方です。殿下の方が大人な対応をしなければなりませんよ?お二人の間でどのようなことがあったか存じませんが……今のように殿下がヘソを曲げていては、アリッサ様から距離を取られてしまいます。お気持ちを整理して、早く、仲直りなさいませ」
ヘザーまで、そんなことを言うのか?アリッサと喧嘩もしてないのに……。
───だけど、2人から言い聞かされて、僕はその夜、目を逸らしていた自分の気持ちに向き直った。
うん。そうだな……。
僕は確かに、少し、臍を曲げている気がする。
こんなにもアリッサのために頑張っているのに、アリッサにはまったく通じていないのだから。
でも……。
冷静に自分自身を振り返って、苦笑する。
僕は、見返りで僕のことを好きになって欲しい訳じゃない。自由なアリッサに惹かれた。だからこれからも、そのままのアリッサがいい。
まったくもう。マーカス兄上が絡んだせいかな……。どうやら僕は頭に血を上らせ過ぎたみたいだ。
気持ちを、きちんと切り換えよう!
 




