初めての香り、初めての味
部屋でアリッサから教わった魔力制御運動(?)をやっていたら、入ってきたブランドンに変な顔をされた。
「……何をされているんです、殿下」
「運動」
「変わったポーズの運動ですねぇ」
───鍵を掛けておけば良かった。
でも鍵を掛けると、ブランドンもヘザーも、何をしていたのかとうるさいんだよなぁ。たまには、誰にも邪魔されず詮索もされない一人時間を過ごしたい。
「で、何の用?」
「ああ、王妃様がお呼びです。今日は一緒にお茶を、と」
「わかった」
もうそろそろ母親とお茶を楽しむ年ではないと思うけれども。
モラ湖の一件以降、母上は僕が見えないと不安が強くなる。コーデリア様のおかげで落ち着いて勉学や剣術の訓練は出来ているので、お茶の呼び出しくらいは素直に応じなければならない。
ちなみに、食事の方は必ず一緒に摂っている。
母上の部屋に行くと、少し変わった香りがした。初めて嗅ぐ香りだ。
ナッツを焦がしたような……うーん、ちょっと違うかな?なんだろう?
最初は、ん?と思ったものの、深く吸い込めば、なんとなく気持ちが落ち着いてくる気もする。とても不思議な香りだ。
「アル!今日は火龍公爵が変わった飲み物を持ってきてくれたのよ」
母上がうきうきした調子でテーブルを指す。その横でコーデリア様が椅子を引き、僕を招く。
僕はおとなしく席に着いた。
テーブルの上には、ミルクティーに似た色の飲み物が置かれている。
「これ。カフェオレというんですって」
「どうやらアリッサが開発したらしいの。紅茶みたいな色合いだけど、味は全然違うのよ」
「……いただきます」
2人が見守るなか、さっそくカフェオレとやらを飲んでみる。
ふぅん、甘くて飲みやすい。あまりミルクティーは好みじゃないけれど、これは悪くない。
「ミルクを入れない“ブラック”っていうものもあるのよ。飲んでみる?」
母上が楽しそうに聞いてきた。僕は頷く。
新たに出されたのは、真っ黒な飲み物だ。
一口飲んでみて……苦さに思わずむせる。
「あ、大丈夫、アル!?」
「だ、大丈夫です。これ、毒じゃないですよね?」
火龍公爵がそんなものを持ってくるはずがないけれど、想像外の苦さに僕はつい、そんな感想を述べた。
これ、本当に飲み物なのだろうか?こんなのを飲むなんて理解できない。
コーデリア様が僕のカップを受け取り、苦笑した。
「ふふ、すっごく苦いでしょ?私もビックリしたもの。でも、マックスはその苦みがクセになるって言ってたわ」
そ、そうなのか。
大人の飲み物なんだな……。
「アリッサもブラックで飲むんですか?」
「ううん、アリッサもカフェオレの方が美味しいって言ってるらしいわ。……今度ね、王都のカールトン商会が移転して、喫茶コーナーもできるの。そこで提供する予定だそうよ」
ブラックは人気になるか分からないが、今までにない新しい飲み物の出現は、かなり目玉になるだろう。さすがアリッサ。
「この新しい飲み物に合うスイーツも開発するんですって。出来たらマックスが持ってきてくれるから、そのときは殿下も食べましょうね」
「ありがとうございます。楽しみです」
コーデリア様の誘いに、一も二もなく頷く。
本当にすごいよなぁ、アリッサは。スイーツまで開発するんだから。
そんなアリッサにもし隷属の首輪をつけることになったら……王国の大きな損失となることは間違いない。
「アリッサちゃん、これからもどんどん美味しいものを開発しそうね」
「ええ。でも、その分、太りそうで心配になるの!アリッサは運動してて大丈夫だろうけど、私はねぇ……」
「運動かぁ……」
「久々に馬でも乗られたらどうですか」
母上が心配そうに下腹部を撫でたので、僕はそっと提案してみた。
母上は生国で子供の頃から馬に乗っていたため、乗馬は得意なのだ(ちなみにコーデリア様は乗れないらしい)。
「そうね。馬に乗るのはいいかも知れないわね」
母上の返事に、コーデリア様からウィンクが飛んでくる。部屋に籠りがちな母上が外へ出るいい切っ掛けになりそうだからだろう。
ありがとう、アリッサ。
君は、離れていてもこんな風に誰かに影響を与えることが出来るんだね。
すみません……来週の火曜日はお休みします。
月曜日が祝日だってことを忘れてて、余分に書き溜めていませんでした……!
アルフレッドの章はアリッサの分を読み返しながら書かないといけないので、通常より時間がかかるんですよね……。
 




