感謝の気持ちを込めて
もう少しすれば、秋の収穫祭が始まる。
今年も私は領でおとなしく過ごす予定だ。ま、それは仕方がないと諦めている。アナベル姉さまもまだ目覚めないしね。
今日はいつものガゼボで、ラクとテッドとビルと一緒に収穫祭で飾る野菜オブジェ、トゥーレンを作っていた。
「なんで食いものをこんな風にするんだ?食べないのか?」
テッドの真似をして野菜を切り抜きながら、ラクが首を傾げる。テッドは気負った風もなくそれに答える。
「来年もたくさん野菜がとれますようにって、精霊に感謝して捧げるんだよ」
「でも精霊は食べないぞ」
「気持ちの問題。それにな、こうやって1つずつ丁寧に手作りすれば、感謝の念も深まるだろ」
「感謝しても感謝しなくても、一緒だ」
「一緒かも知れないけどさ。感謝した方が飯は旨くなるじゃんか」
「ええ?そんなワケねぇ」
「お前、美味しい野菜を作るのにどれくらい手間ヒマかかってるか、分かってるか?ビルを手伝ってんだから、ちょっとは頭を使えよ。野菜がちゃんと収穫できて食べられるのはすげぇ幸せなことなんだぞ」
「しあわせ……?」
「そう、幸せ。無事の収穫に感謝して、野菜作ってる人には敬意をはらって───小さいことだけどな、それを積み重ねていくのが大切なんだよ。そういう気持ちを持たない人間はさ、なかなか幸せになれないんだぜ?」
「…………」
ラクは眉を寄せて考え込んだ。
私は、思わずポカンとしてテッドを見てしまった。
「なんだよ、お嬢」
「いや……テッドってすごいね」
「何が?」
いやぁ……前からときどき思ってたけど。テッドって物事の本質をいつも真っ直ぐ見ていると思う。
迷うことがあったら、まずテッド先生に相談するのがいいかも知れない。
尊敬の念を込めて見つめていたら、テッドからはイヤそうに顔を背けられてしまった。
「お嬢のスゴいは危ないんだ。ロクでもないことに巻き込まれる……」
失礼な。てゆーか、もうとっくにラクの件で巻き込んでいるんだけど。
ごめん、テッド。
収穫祭が始まり、お父さまも帰ってきた。
姉さまの事件については、何も進展はないらしい。
紅茶を持ってきたメイドは、用意をしている最中に呼ばれ、道具を置いたまま少し離れていた時間があったと話している。どうやらその隙にポットへ毒が入れられたようだ。
そして、メイド以外にポットに触った人物は、残念ながら目撃されていないそうである。
とにかくあの日は大勢の人が動いていたので、明らかにアヤシイ人物じゃない限り、警備の目に留まることはなかっただろう。仕方がないとも言える。
結局、このまま去年のモラ湖の件同様、未解決のままになるのだろうか。
アナベル姉さま、ライアン兄さま、または火龍家そのもの───狙ったのは一体、どれなの?
目的が分からないから、身動きが取れない。
なんだか、すっごくイライラするわ。私、囮になれないかなぁ?早く犯人を炙り出してやりたい。




