やっぱり名前って必要だと思うし
翌日、食べ物を持って裏庭へ。
……ちなみに睡眠薬で眠らせたメアリーとテッドには、すっごく怒られた。怒られたけど、護衛無しでどこかへ出掛けたわけじゃなく、部屋で読書しただけだと言ったら変な顔をされた。
「部屋で本を読むだけなら、別に睡眠薬もらなくてもいいじゃんか」
「でもさー、ずっと見張られてるって思ったら、それだけでストレス感じるもんなんだよ?」
「まあ……うん、そうだよな……」
「寝るときも誰か立ってるし、トイレだって扉の前で待ってるし!部屋でじっとしてるだけなら、ちょっとくらい一人の時間があっても良くない?!視線恐怖症になっちゃうってば」
「ん~……大旦那様に相談してくる……」
……ということで、部屋にいるときだけは護衛無しOKをもらった。
ごめん、テッド。ものすごくウソを並べてます。
ちなみに、護衛無しは認めてもらえたけど、たまに在室確認はされる模様。
そんなワケで、今日、部屋を抜け出すのには道具を使った。
いいものがあるのを思い出したのだ。王城で隠者の塔へ行くときに被る灰色のローブ。
これ、存在を薄~くする効果があるらしい。目に留まっても、なんとなく素通りしちゃうんだとか。
ふふふ。なんて素晴らしいローブなの。
ということでこれを被って、自分の部屋の窓から抜け出した。
そして部屋には、遠風話を置いておく。なるべく早めに戻るつもりだけど、在室確認の際はこれでしのげるはず……。
厨房には数人が仕事をしていた。
でも、灰色ローブの効果はすごい。誰にも気付かれずに食料を持ち出せた。
裏庭へ行くと、少年はビルと一緒に咲き終わった一角を耕していた。昨日とは違って、少年は身綺麗になっている。
ローブを脱いだら、少年が嬉しそうに「あ、姫さん」とこっちに駆けてきた。
……いやもう、ナイフ突き付けられて脅された身としては、こんな懐かれても意味が分からないんですけど。マジで大型犬を拾ったみたいな気分……。
「ビル!ちょっとガゼボにいるね」
「はい」
───少年を伴ってガゼボへ。
「ねえ」
「なんだ?」
「私があなたに名前をつけてもいい?」
きょとんと少年は私を見た。
「名前?」
「うん。黒いのとか赤目は名前じゃないし」
「……どんな名前?」
感情の読めない目がちょっと怖い。
もしかして名前を私に付けられるって嫌なのかな。でも名前がないのも不便だし……。
「えーと……ラクっていうの。遠い遠い国の言葉でね、“楽しい”って意味があるんだよ。これから、あなたに楽しいこととか、いっぱいあるといいなと思って」
「ラク……」
「うん」
ガクと読ませるか悩んだんだけどね。ラクの方が軽くて良い気がしたのだ。
ちなみに、もう1つの候補は“コウ”。少年の罪を考えると教えていいのか良く解らなくなるものの、少年が知りたいと言った“幸せ”……。
てゆーか、何故に日本語名って感じだけど、ふと、頭にその漢字二つが思い浮かんだんだから仕方がない。
少年はしばらく固まっていたけど、ふいに破顔した。
「ラク!オレの名前!」
「うん。気に入ってくれた?」
「ああ」
少年……ラクは何度も頷き、突然私の手を取ってキスをした。
「は?!な、なにするの、ちょっと!」
「これからは姫さんがオレの主だ」
「ええ?!そんなのならないよ!」
なんで騎士みたいな誓いを立てるのよ、ラクの主とか、重いじゃんっ!!




