考える時間が欲しい
自分自身が信用できず……それ以上に怖くて、私は少年に対し厳しく出ることが出来なくなってしまった。
ちょっと待っててと言い置いて、厨房からパンやハム、飲み物などいろいろとこっそり持ち出す。
ガゼボに戻ると、少年はおとなしく待っていた。私が持ってきた食材に目を輝かせる。
「すげー。うまそう」
「パンに挟むから、ちょっと待って」
小さなナイフでパンの中央部を切り、間にレタスやハムを挟み、塩コショウを振る。
「はい、どうぞ」
少年はこぼれ落ちそうなほど、目を見開いていた。
無言で受け取り、かぶり付く。
「……っ!」
すごい勢いで食べてゆくので、私は慌てて2つめを作る。
パン、3つしか持ってこなかったなぁ。もっと持ってくるべきだったかしら。
瞬く間に3つ食べ終えた少年に、最後はクッキーを数枚渡す。
水を飲んでいた少年は、不思議そうに首を傾げてクッキーをかじり……硬直した。
しばらくして少年はクッキーを持ったまま、キラキラした瞳を私に向けた。
「これ……これがしあわせってやつだな!姫さんとこに来て良かった。誰にもジャマされず、こんなうまいの食べたの、初めてだ」
ズキン。
胸が痛む。
私……彼の置かれた状況を、去年、どれだけちゃんと理解していたんだろう?
「……ねえ。名前は?」
「なまえ?黒いの」
「??……それ、名前じゃないよね?」
「“黒いの”か“赤目”でしかよばれたことがない」
あ、ダメだ。
私、もうお祖父さまにもお父さまにも、この少年のことは報告できない。
たぶん、この少年は人を殺したことがあるだろう。
私とアルも殺そうともした。
だけど……私に、この少年は裁けない。
庭師のビルに誰にも内緒で少年の面倒を見て欲しいとお願いした。
「……大旦那様に秘密?」
「うん」
「………………犬猫を拾ってきたのとは、訳がちがいましょう」
ものすごく渋い顔をされる。
うん、分かってるんだよ、間違っているって。
でも。
「いずれ、ちゃんとお父さまたちには言う。ただ、ちょっとだけ、私と彼に考える時間が欲しいんだ」
「なにを考えなさるんで?」
「私は……正しいって何かってことかな。彼は、幸せと───人間社会について」
「むずかしい話ですな」
「うん。ただね、今、軽率に行動したら一生、後悔しそうなの。私……本当はどこかに幽閉された方がいいのかもしれない……」
ビルがギョロ目を何度も瞬かせた。
「お嬢様が?!」
そうだよ。私がその気になったら、カールトン領なんて滅ぼしちゃえるんだから。
ビルは、深々と息を吐いた。
「ワシの仕事は手伝ってもらいますよ。勝手にウロウロせんよう、しっかり言い聞かせておいてください」
「ありがとう、ビル!」
少年には、食べ物で釣ってビルの手伝いと言うことを聞くよう約束させた。
大丈夫かなあ?と心配したけど、クッキーがよほど感動したらしい。アレを持ってきてくれるなら絶対に約束は破らないとニコニコ言われた。
さあ───この後、どうしよう?
登場時から、少年はいずれアリッサの元へ来させるつもりでしたが……まさか、1年も後になるとは。
道に迷い過ぎ(笑。




