ひとまず一命は取り留めたけれど…
「もう、大丈夫」
アルに優しく手を包み込まれて、血が出そうになるほど握り締めていた拳を、私はようやく、緩めた。
それでも、まだ全身がぎゅっと縮こまっている気がする。呼吸をすることさえ、忘れそうなくらい。
お父さまが私を振り返り、次いでアルに視線を向けた。
「殿下。申し訳ありませんが、アリッサをしばらく安全な場所へ」
「うん。僕の部屋に連れて行くよ」
アルに背中を押され、私は静かに眠るアナベル姉さまの顔をもう一度見つめてから、おとなしく部屋を出た。
姉さまは、やはり紅茶に入っていた毒にやられたらしい。全身の筋肉が硬く動かなくなる毒だったそうだ。
毒の解析はすぐ出来たので(この世界ではメジャーな毒だとか)、解毒はすぐ施された。それでも、服毒し倒れてすぐの解毒なら分かるが、完全に呼吸も心臓も止まった状態から助けることが出来るとは思わなかった、奇跡だ!と王宮医からも神官からも言われた。心肺蘇生法をぜひ、教えてくれと乞われている。
……とりあえず、姉さまが一命を取り留めて良かった。
まだ、意識を取り戻したわけじゃないので、完全に大丈夫というわけじゃないけど。
どこをどう歩いたか分からないまま、気が付けばアルの部屋にいた。
「温かい飲み物をご用意しますね」
後ろにいたウィリアムがそう言って、私は初めて、意識を周囲に向けた。
「さ、座って」
アルがソファーへ誘う。
私の隣に腰を下ろしたアルは、再び私の手をそっと握ってくれた。
「アナベル嬢は、ちゃんと助かるから。アリッサ、がんばったね」
「ふっ……うぅ…………」
ふいに涙がこぼれてきた。
「姉さまが……姉さまが死んじゃうかもって……」
「うん。でも、解毒も回復魔法も掛けた。もう少ししたら目覚めるよ」
いつもより抑えたトーンで話すアルの声が耳に心地よい。だけど、私は全身をぶわりと震わせた。
「き、きっと……姉さまが毒をもられたのは……わ、私のせい……」
「どうして?アリッサはお姉さんを助けたんじゃないか!」
アルが目を見張る。
私は、その綺麗な青い瞳を真っ直ぐに見つめた。
「きょ、去年の……モラ湖の襲撃、あれ、きっと私を狙ったんだと思うの。そ、それで、ダメだったから今度は毒を…………」
「違う」
アルは低く言い切って、ぎゅっと手に力を入れた。
「モラ湖にアリッサが来ていることは、僕と母上付きの使用人ごく一部しか知らない。事件後に全員、魔法による尋問がされた。誰も、他へ洩らしていなかった。……あの襲撃は、毎年あの時期にモラ湖へ行く僕を狙ったものだ」
「でも……」
「そして、今日の件。お茶を運んだメイドは、アナベル嬢とライアン殿しか部屋にいないと思っていたそうだ。余分に茶器は運んでいたけどね。……つまり、狙ったとすればアナベル嬢かライアン殿だ」
……だけど。
だけど…………。
「アリッサ。悪いのは毒を用意した奴だよ。アリッサじゃない。アリッサなら、ここで“自分が悪い”って泣くんじゃなく、犯人を捕まえてやる!って意気込まないと」
「犯人……」
「そう。毒を用意した奴」
そっか。うん、そうだよね。
姉さまが死ぬかもって恐怖と、それが自分のせいかも知れないって思ったら、ただただ、怖くて悲しくて仕方なかった。
……もしかしたら、犯人はやっぱり私狙いかも知れない。だとしても。
こんな卑怯なヤツは許せない。
うん。
絶対に捕まえてやる。
マーカス殿下ほか、国王や三公爵はパーティー会場にいます。一応、事の次第はこっそり報告されていますが、パニックになっては大変なのでそのままパーティー続行。
ただ、アルフレッドはアリッサが気になったので勝手に抜け出してきてしまいました。




