命の瀬戸際
廊下を全力疾走したくなるのを我慢しながら早足で抜け、王族や四龍が座る高位席に近い扉から、そっと中に入る。
お父さまはルパート閣下と何か喋っているようだ。
私は強張った顔になるべく笑みを浮かべて、「お父さま!」と膝に飛び乗った。突然の事態に、お父さまが目を真ん丸にする。
「アリッサ?!」
「お父さま!約束、忘れてませんか?」
わざと大きめの声で適当なことを言い、耳に口を寄せた。
「アナベル姉さまが大変なんです!すぐに控え室へ来て!」
途端にお父さまは私を抱いて立ち上がった。
「ああ、そういえば約束をしていたな。ルパート、すまないが少し失礼する。娘に仕事部屋を見せる約束をしていたんだ」
「あ、ああ……」
こんなときに?という顔のルパート閣下を置いて、お父さまはあっという間に廊下へ。そのまま大股で奥の控え室へ向かう。
「どの部屋だ?」
「あのユリの花の……」
全部言う前に、 もう控え室の中に入っていた。入るなり、お父さまは懐から防音石を取り出す。
「アナベル!息をしろ、息を!アナベル!!」
ライアン兄さまがソファーに横たわる姉さまを必死で揺すっている。
お父さまはその横へ行き、アナベル姉さまの口元に手を当てる。
「父上……!」
「王宮医は呼んでいるのか?」
「マシューに行かせました」
「何があった」
「アナベルはお茶を一口飲んで、それから急に……」
私は居ても立ってもいられなくなって、お父さまと兄さまを押し退けた。
姉さまの首を触る。……脈がない。
「兄さま、姉さまの息が止まったのはいつ?!お父さま!姉さまを下へ下ろして!」
「つい、今さっきだ」
「アリッサ、何を……」
「早く!」
呼吸が止まって何分?
思い出せ、学校で習った心肺蘇生法。
1分以内なら95%、3分以内で75%だったっけ……?
私が魔力枯渇で死にかけたとき、神官の回復魔法で助かったと聞いた。姉さまだって、王宮医や神官が来てくれたら助かるはず。その間、肺に空気と、全身に血液を循環させなければ!
床に寝かせられた姉さまの口の中を確認する。嘔吐物はない。
私は姉さまの胸骨に手を重ねた。そして圧迫を始める。
1、2、3、4、5…………
「アリッサ?」
「……28、29、30!」
次は少し顎を引き上げるようにして、鼻をつまむ。ためらわずに姉さまの口に息を吹き込んだ。
「アリッサ!」
驚愕の声を無視し、姉さまの胸が膨らんだのを確認して、もう一度、息を吹き込む。
そして、再び胸骨圧迫に移った。
「お父さま!姉さまの心の臓を動かさないとダメなんです!手伝って!」
「心の臓?」
「…………29、30。そう、血が巡らないと、脳が……頭の機能がダメになるんです。ここを、私がさっきしていたみたいに押してください。30回!」
場所をお父さまに譲り、再び人工呼吸をする。
お父さまはぎゅっと眉を寄せたが、すぐに圧迫を始めた。
王宮医が駆け付けてくるまで───それはまるで永遠に近い時間のようだった……。
さすがにあまりに切羽詰まった場面なので、明日も更新します~。




