控え室にて
会場に戻ろうとしたら年配のメイドから声を掛けられ、控え室に案内された。
中へ入るとアナベル姉さまとライアン兄さまがのんびり寛いでいる。
「あ、良かった、アリッサ。どこへ行ったか心配したわ。マシューがいるから大丈夫だとは思ってたけど」
……マシューが少し気まずそうな顔になる。
マーカス殿下と喋ってしまったことを気にしているのだろう。でも、あれは不可抗力だって。私が自分からトラブルに巻き込まれに行ってるようにみんな思ってるけど、大抵はあんな風に、向こうから勝手に来るんだからね?
ライアン兄さまがお菓子を頬張りながら、首を傾げた。
「アリッサは、いつもいつの間にかいなくなるよねえ。目立つはずなのに、どうしてなのかな。高速移動でもできるの?」
そんなわけないじゃん。
私はアナベル姉さまの横に腰を下ろす。
「私はちゃんと、会場の隅でおとなしくしていました。姉さまの方が目立ちすぎ~」
「私だって別に目立ちたかったわけじゃないわ。商会のことをいろいろ聞かれるから、宣伝活動をがんばっていただけよ」
ライアン兄さまが感心したように頷く。
「うん、アナベルはすごいよね。商品の説明は上手いし、よく覚えてる。僕も冬からオリバー兄さまを手伝うよう言われているんだけど、アナベルに弟子入りしようかな」
「いいわよ、兄さま。びしばし鍛えてあげる」
「うわ、やっぱオリバー兄さまに教えてもらおう」
慌てて逃げる真似をする兄さまに、私と姉さまは笑い出す。
それにしても、お父さまって割りと早いうちから仕事を覚えさせる方針なのね。私は自分から勝手に首を突っ込んでしまった方だけどさ。
───扉が開いて、私を案内してくれたメイドとは違う、若いメイドがお茶を運んできた。
「スリナランのお茶です」
「あら!スリナランは好きな銘柄だわ」
姉さまがにっこり笑ってメイドからカップを受け取る。
私もノドが渇いているので、飲もうかしらん。テーブルの上には、美味しそうなお菓子も並んでいる。
「マシューも座って、一緒にお茶をしよう」
「ありがとうございます」
入り口の横で静かに控えていたマシューにも声を掛け、私はカップに手を伸ばした。
マシューと入れ違いにメイドが出て行く。
アナベル姉さまがお茶を一口飲み、「ん?」と小さく呟いた。
「どうしたんですか、姉さま」
「ちょっと味が違うわ。これ、本当にスリナランかしら」
さすが姉さま!お茶の産地の違いも分かるんだ?!私は全然、分からないのに。
姉さまは眉を寄せてお茶の匂いを嗅いでいる。
「……何かおかしな味ですか?」
マシューが心配そうに聞いてきた。アナベル姉さまは顔を上げ、口を開きかけ……ふいに俯いた。
「かはっ…………ぐっ…………!」
「ね、姉さま?!」
慌てて背中を擦る。
「だ、大丈夫?!」
「…………っ!」
喉元を押さえて姉さまがうずくまる。ヒュー、ヒューと細い呼吸音が聞こえる。顔色がみるみるうちに白くなってゆく。
ライアン兄さまが顔色を変えてソファーを飛び越え、姉さまを抱き抱えた。
「マシュー!急いで王宮医を呼べ!アリッサ、すぐに父上をここへ。ただし、他の者には悟られないように!」
「「はい!」」
私とマシューは息を飲んで、廊下へ飛び出した。




