活気あふれる港町に飲まれそう~
翌日、朝食後に港を案内してもらうことになった。
領館は高台にあるので、港まではまあまあの距離を歩かねばならない。これ、食料とか飲料とか、屋敷まで運ぶの大変だろうなあ……なんて思う。
領館を出ると、オリバー兄さまが手を繋いできた。一緒に階段を下ってゆく。
段々に並ぶ家々はカラフルで可愛い。カールトン領のはずなのに、まるで遠い異国へ来たみたい。前世のイタリアで、こんな風な海沿いの街があったような気がする。
眼下の青い海はキラキラしていた。カモメに似た白い鳥が飛んでいる。
港に泊まっているのはたくさんの帆船だ。
やばい、もうテンション上がるぅ!
「アリッサ、跳び跳ねすぎだよ」
兄さまが目を細めて笑う。でも仕方ないよ、興奮が止まらないんだもん!
海のそばはとても賑わっていた。箱に入ったたくさんの魚を担いで歩く人、樽を担いでいる人、人、人、人!こんなに大勢の人が密集してる場所、領でも王都でも行ったことない!
バートが「失礼、姫」と私に声を掛けてきた。そして左腕一本でさっと抱え上げ、縦に抱っこにされる。
ひゃああ、私、だいぶ重くなったと思ったのになんて軽々と持ち上げるの?!
「あの……!」
「居心地は悪いでしょうが、海の人間はちと大雑把なので。アリッサ様が押し潰されぬよう、無礼とは思いますがこの形でお運びさせてもらいたい。……よろしいですか、オスカー様?」
「バート殿にお任せできるなら安心です」
兄さまが頷く。
ううう、兄さま達に抱っこされるのは慣れてるし平気だけど、こんな素敵なオジさまに抱っこされるのは恥ずかしい~。しかもこんなに人目のあるところで。
もじもじ恥ずかしがっていたら、兄さまが目を丸くした。
「あれ。アリッサでも恥ずかしがるんだね」
当たり前です!中身がもし普通の6才だったとしても、恥ずかしくなる年頃です!
でも、この人混みと喧騒の中、良い身なりをした私が危ないのは理解しているから、大人しく従うけどさ。
「おや、統領!カワイイお姫さまをお連れだね。どこから拐ってきたんだい?」
「統領~、ダメですよ、幼気なお嬢さんをたぶらかしちゃ」
人混みを抜けながら進むと、行き交う人々に声を掛けられる。バートはかなり人気者だ。そして、誰も彼も気さくでフレンドリーだった。
「なんだなんだ、随分な言われようだな!こちらは大切な姫君だよ、今日は有り難くも街を案内するお役目を賜ったんだ。私の悪い噂を姫のお耳に入れないでくれ」
「あっはは、さあ、姫様、ルーラの貝を差し上げよう。これを耳元に置いて寝ると、優しい波音が聞こえてよく眠れるよ」
「姫様、これは南国の果物だ、どうぞ!悪い統領に気をつけて!」
ふええ、すごくチヤホヤされて緊張する~。姫呼びも止めてぇ。
───市場らしきところは、もっと熱気がすごかった。
「お嬢様!あの人達と話をしたいんですが、一緒によろしいですか!」
喧騒に負けじとマシューが大きな声で聞いてきた。私は手で大きな丸を作る。
マシューを先頭に、先へ進む。
着いたのは、珍しい南国の果物の乾物を並べて売っている一団だ。
「コニチワ!」
『太陽に感謝を』
あ、南方語だ。
まだようやく帝国語の基礎会話が出来るだけなので、南方語で分かるのは挨拶くらい。
マシューは流暢に南方語を操り、何やらバンダナを巻いたイカツい男性と話したあと、私を呼んだ。
「お嬢様。お嬢様が探している南方産の苦い実について、説明してもらっていいですか?」
あ、カカオのこと?!
「コニチワ!オジョーサマ」
『たいように、かんしゃを』
「オオ、言葉、シャベレル?」
「ごめんなさい、挨拶だけなの」
バートに抱っこされたまま、男性と話をする。
「何、サガシテル?」
「えーとね、これくらいの……」
手で20~30㎝くらいの大きさを示しながら、説明する。男性はある程度の言葉は分かるようだけれど、細かいニュアンスは隣でマシューが通訳してくれる。
「楕円形の実で、中に3㎝くらいの種がいっぱい入っているやつ。白い果肉が種のまわりについてて、それは食べれたんじゃないかなあ。甘酸っぱいと聞いた記憶が……」
「アア!アルヨ。カカロ、ネ。ソレ欲シイ?」
やった~!私は勇んで、カカロの実ではなく中の種が欲しいと頼んだら、男性は首を傾げた。
他の国も回る関係上、次にこのリーバルの港まで来るのはかなり先……半年以上先になると言う。それは全然、構わない。
その上、カカロはすっごく高級品だと言われた。
そ、そうなのか……。
私を抱っこしていたバートが不思議そうに私を見た。
「カカロの種の飲み物はマヤムで飲んだことがありますよ。あれをアリッサ様は飲みたいんですか?」
「え?飲んだことあるんですか?どんな飲み物なんですか?」
「コンカと唐辛子を混ぜたドロドロっとした飲み物です。滋養強壮や精力……んん、まあ、大人の飲み物ですね」
コンカ……トウモロコシみたいなやつだっけ。
え?あれ?私が思ってるのとは違うのかしら??
私が不安になったら、兄さまが「とりあえず、1樽か2樽分、頼む」とさっさと注文してしまった。
「兄さま……でもあの……」
「すでに現地で高級品として流通しているのだろう?父上も興味を持つよ。アリッサが欲しいものでなくても、商会としては手に入れておきたい」
そっか~。カカオだったら……嬉しいんだけどなぁ。