久々に下町へ
お父さまは相変わらず渋い顔だけど、下町へ行くことを許可してもらった。
だって下町の神殿に行ったの、1年も前だよ。文字や計算を平民の子供たちにも広げる!と取り組みを始めたのに、放ったらかしじゃん。
それと、リックとテッドがうちに仕えることになったから、2人のお母さんにちゃんとご挨拶しておきたいのだ。
「はあ?お袋に挨拶ってなんだよ」
「え?大切にお預かりします、みたいな」
「意味わかんねー!オレがヨメに行くみたいじゃんか、止めろよ」
テッドがぶうぶう口を尖らせる。
「いやいや、でもさ、メアリーも含めて3人もわたしに仕えてもらうことになっちゃったし。しかも、急に決まったでしょ?お母さん、突然息子2人がいなくなって寂しくない?」
前世的に言えば、2人は小学生だよ。親から離れるのは早すぎる。
「一応、週末には家に帰ってる。でも、お袋も俺達がいない方が再婚しやすいと思うよ」
とは、リックだ。
「そうは言ってもさあ。リックもテッドも親元から離れるのは早すぎるかなって」
「7才になれば、職人に弟子入りする子もいるぞ?住み込みの職もあるからな、別に普通だろ」
「そ、そうなの?!7才から働くの?!」
はわ~、前世の私の親戚で、30才を過ぎても実家に寄生してる人がいたよ。私もちゃっかり大学までは親に甘える気、満々だったよ。この世界、キビシイな。
……いや、前世でも国が違えば、生きるだけでも大変だったかな。甘々な精神で前世も今世も生きてゴメンナサイ。
「なんだよ、お嬢だってもうガンガン働いてるじゃんか」
テッドに不思議そうに言われた。
ん?
そういえばそっか。今世の私は意外と働き者かな?まあでも、私自身は実働してなくてアイディアがメインだもんなぁ。これ、ほぼ趣味とも言える……。
リックとテッドのお母さん(ノーラさん)は、私が挨拶したら豪快に笑い飛ばしてくれた。
「火龍公爵家に拾っていただいて、こちらは感謝しかないですよ!特にメアリーは雑で物を壊してばっかりの子でしたからね。適職が見つかるかずっと心配だったんですが、お役に立ってるようで良かったです」
「でもあの……護衛任務って危ないので……」
「父親も隊商の護衛が仕事だったんですよ。3人とも、あの人の血なんですねえ」
へえ、そうだったんだ。
「だいたい、平民の子が公爵家のお嬢様に仕えるなんて光栄なことですから。気になさらないでください」
ううーん、なるべく3人が危ない目にあわないよう気をつけます。
神殿には、長靴を履いた猫の絵本を数冊とリバーシを持っていく。
秋から商会でリバーシを販売開始したのだけど、貴族用は大理石のボードに装飾の施された石を使うという、どんな高級品やねん!という仕上がりだ。お値段も目玉が飛び上がりそうなものになっている。でもマシューいわく、売れ行きは好調らしい。
しかし神殿で子供たちが遊ぶのにそれはあまりに豪華すぎるので、木の板の簡易版を作った。
この世界に娯楽が少ない。
だから私としては、こういうのを世に広げたいんだけど……まずは貴族向けに高級路線で!と説いたのはお母さまだ。まあ、お母さまが言うことも分かる。なので、この簡易版のことはナイショ。
―――絵本やゲームの寄付は、神官さまに喜ばれた。
そして、老齢の女性ヘイリー・カートレットさまと引き会わされる。
某伯爵家の方らしい。子供たちが独立し、夫に先立たれ、王都で漫然と日々を送っていたところ、お父さまにスカウトされたそうだ。この神殿で子供たちに文字や計算を教える教師として。
お父さま、そんな手配をしてくれていたのね!神官さまも教えてくれてるけど、他の仕事もあるし、専任の先生がいたらなぁって思ってたんだ。
「お嬢様が公爵閣下ご自慢のアリッサ様ですね。お会いできて嬉しいですわ。こんなおばあちゃんに、生き甲斐をありがとうございます」
「そんな……こちらこそ、ありがとうございます。わたし、全然こちらに来れなくて……」
ヘイリーさまはふふふと上品に笑った。
「アリッサ様はお忙しいでしょう?ご自身の勉学もしながら商会の経営も手伝ってらっしゃるとか。他の者でも出来ることなど、どんどん任せていけば宜しいのですよ」
そうだろうか。無責任すぎないかな?
「アリッサ様でないと出来ないことを、たくさんなさってください。でも、ご無理は禁物ですよ。ああ、それと……今のうちに目一杯遊ぶこともなさらないと。大人になると、嫌でも仕事や義務が追いかけてきますからね。子供のうちに遊んでおかなくては」
とってもお優しいヘイリーさまの言葉に、私はあったかい気持ちになった。
そうだよね~、遊べるうちに遊ぶのも大切かなあ。




