マシューとテッド
去って行ったリックを悲しく見送っていたら、マシューが深々と頭を下げた。
「不快なお気持ちにさせてしまい、申し訳ありません」
「あ~……うん、マシューはリックを思って厳しいことを言ってくれたのは分かってるから」
一瞬、マシューに当たりそうになったけど、ぐっと堪える。
私の身近な人達には、出来れば身分とか立場とか拘らないで欲しい。だけど……リックは即座に態度を改めた。白くなるほど拳を握り締めて。
たぶん、リックはこれから先を考えているんだろう。リックはいずれ護衛として、私と共に学校へ行く。貴族でいっぱいの学校へ。そこは、礼儀作法が重要な場だ。
それを理解しているからこそリックは頭を下げた。私は、そのことをちゃんと受け止めなければ。
ただ。
「ねえ、マシュー。わたしにもさ、マナー不足な部分っていっぱいあるでしょ?遠慮なく注意して欲しいな」
そもそも私も問題ありまくり……。
なかなか前世の庶民感覚が抜けないから、指導して欲しい。すると、リックは溜息をついた。
「あー……そちらに関しては……公爵閣下がお嬢様は自由にのびのびさせるという方針ですので……僕にはちょっと……」
「ええ~?」
放任主義かと思っていたお父さま、実は娘に甘々だったの?!初めて知ったわ。
いや、でも貴族として礼儀がなってないのは問題なのに……。
ぶつぶつ呟いていたら、マシューは頭をかいて赤くなった。
「でも……リックに厳しい言い方をしてしまったのは、僕の嫉妬もあります。公爵閣下に評価されていることと……彼、お嬢様の右腕は自分の方だ!って目をしていましたから」
「マシュー……」
思いがけない告白に、胸がじーんとした。
え?それってマシューは“自分こそ私の右腕だ”って思ってくれてるからよね?
「うわ~、うれしい!マシューってさ、いい男だよね。わたしみたいな変な主に、勿体ないくらい」
「な、ななな何を言い出すんですか?」
「だって嫌われ役になるお小言でもちゃんと言ってくれるし、隠しておけば分からないのに、今みたいに自分の弱い部分だってさらっと打ち明けてくれるし。わたし、マシューのことは本当に頼りにしてるんだよ。わたしには勿体ないけどさ~、他へは行かないでね」
だってマシューがいなかったら、私の欲しいものはほとんど手に入らない。
うう、欲まみれな主でゴメン!
「お嬢様は買い被りすぎです!それと、あんまり軽々しくそういうことを言っては駄目です」
「誰にでも言わないも~ん」
「はー……お嬢様はホント、人たらしだなぁ……」
ええ?なんか妖怪みたいに言われてるよ、私……。
この際なので、マシューにはテッドも紹介しておく。
庭で訓練中だったテッドは、呼んだら勢いよく駆けてきた。マシューを紹介すると、
「マシュー様、テッドです、よろしくお願いします!」
元気いっぱいに敬礼する。リックとすごく似てる顔立ちなのに、受ける雰囲気は正反対。まるで小犬みたい。ぶんぶん振ってる尻尾が見える。
ただ、その体はビックリするほど痣だらけだった。
私は思わず詰め寄ってしまう。
「ちょっとテッド!痣だらけじゃない!」
「うーん、オレ、まだ身体強化が継続してうまく使えないんだ。ちょっと油断するとすぐ切れちゃってさぁ」
「いや、訓練、厳しすぎるでしょ。これヒドイって」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。あんまりヒドイのは回復魔法かけてもらってるから」
「そ、そーゆー問題じゃなくてね……」
「バッカだなー、お嬢。ちゃんと鍛えないと護衛にならねーじゃん。ねーちゃんみたいに、剣を受け止められるくらいにならないと」
「……手や体で受け止めて欲しくないんですけど」
「分かってるよ、素手は最終手段。ちゃんと剣術や棒術も極めるから。強くなるってすげー楽しいし、お嬢は気にしなくっていいって。……あ、じゃあオレ、もう訓練に戻るから。マシュー様、失礼します!」
テッドは言いたいことだけ言って、さっさと訓練に戻ってしまった。
マシューは……「全然似てない兄弟ですね」と目を白黒させていた。
マシュー:(しまった!テッドにも言葉について注意するべきだったのに、タイミング逃した…)
↑
真面目。




