爆発の原因を知りたい
森の中を駆け抜け、離宮へ。
息を継ぐ暇もないほど走ったので、離宮へ辿り着くなりアリッサは崩れ落ちた。
何が起きたか分からなくても重大な事態に陥っていることは理解している離宮詰めの騎士達が、真っ青な顔で僕らに駆け寄る。
振り返れば、離宮からでも火の手は見えた。あまり延焼しないといいのだけど……。
意識を失ったアリッサ、コーデリア様、情緒不安定になっている母上とともに王城へ戻る。
転位陣を出た先には、厳しい顔をした火龍公爵と近衛騎士団長のオーウェン・ドノヴァンが待っていた。
意識を失ったアリッサは、このまますぐにカールトン領へ連れ帰るそうである。それが一番安心だろう。だが、コーデリア様は戻らずに、母上についてくれるらしい。
帰ってきた僕らと入れ違いにモラ湖の離宮へ向かうオーウェンへ、そっと「離宮詰めの騎士の顔を後で確認したい」と告げた。一瞬、オーウェンは強張り、すぐに「承知しました」と言葉少なく頷く。
自分の部屋へ入ると、ウィリアムが顔色を白くして待っていた。
「殿下……申し訳ありません。付いてゆくべきでした」
「ウィル。離宮は唯一の護衛不要の場所だったんだ、君が謝る必要はない。僕だってそう思っていたからこそ、アリッサを誘った。それを狙われたのだとしたら……僕の責任だ」
「殿下」
まだ言い募ろうとするウィリアムを制する。
「今はそういう話をしている暇がない。隠者の塔へ行く」
「隠者の塔へ?」
「火龍公爵と事件の話をする前に、確認しておきたいことがあるんだ」
隠者の塔は、王城の北端にある。
普段、ウォーレンを捕らえている塔だ。本人にその意識はなく、安息の地だと喜んで引き籠っているが。
───急に塔へ訪れた僕に、ウォーレンは目をぱちくりさせた。
「ど、ど、どどうしたの?で、殿下は……しばらくモ、モラ湖だって……」
「ちょっと問題が起きたんだ。……ウォーレン、教えて欲しい。粉が───」
言いかけて、記憶を掘り起こす。棚の上の紙袋。あれは。
「たぶん、小麦粉だったと思うんだが。それを撒いたら、爆発することはあるのか?」
「小麦粉……爆発…………」
僕の言葉を受けて、ウォーレンの灰色の瞳が急速に焦点を失った。半開きの口がほんの少しピクピクと動く。
ウィリアムが眉を寄せて僕の方を見る。僕は「大丈夫だ」と小さく頷いた。
しばらくそのまま待つ。
やがて、瞳の焦点は失われたまま、ウォーレンは語りだした。
「港の小麦粉倉庫で、92年前に爆発が起きた。そのとき、原因を調べた資料が残っている。それによると、小麦粉が大量に空中を舞う中でタバコなどの火を使うと、原理は不明だが爆発が起きると判明した。そのため、以後、小麦粉を扱う業者には火気厳禁の通達が行われた」
「なるほど。……火がなければ、爆発はしない?」
「しない」
「分かった。ありがとう」
その途端、呪縛が解けたようにウォーレンはいつものふにゃりと力の抜けた顔になった。
ウォーレンの頭の中には、膨大な量の書物情報が詰まっている。それをこうやってきちんと取り出せるのは驚異的な能力だ。たとえ魔力がなくとも非常に有用な人材だと言える。ただし扱いは難しいのだけれど……。




