火龍公爵との話(2)
ふー……と火龍公爵は長い息を吐いた。
手を下ろし、正面から僕を見る。
「以前、殿下ご自身が仰られましたな。殿下と我が娘との婚約は四大公爵家のバランスを崩すと。……その通りです。4匹の龍はこの国を守るために在ります。その龍が、騒乱の種を蒔くことは出来ない」
「重々、分かっております。……その答えとして、成人すれば、僕はすぐに王位継承権を放棄することを誓います」
はっと公爵が目を見張った。
未成年のうちは、僕の意思で王位継承権は放棄出来ない。今、僕が出来るのはこうやって宣言することだけだ。だが、とにかくこれをどうにかしないと、火龍公爵との話は進まない。
「放棄後、侯爵位を賜れるといいのですけれど、こればかりは陛下の御心次第で叶わぬかも知れません。もし平民になったら、アリッサ嬢には相応しくない。なので……僕は魔獣討伐隊の騎士になり、自分で爵位を手に入れます。少し時間は掛かりますが」
「…………」
「エリオットは水龍公爵家の跡継ぎです。公爵家のバランスという点で言うならば、アリッサ嬢の相手としては僕以上に難しくはありませんか?そして、今後も彼女は様々な異性を魅了してゆくと思います。それも、きっとややこしい相手ばかりです……その中で、王位継承権が無ければ、たぶん僕はさほど悪くない物件かと思うのですが」
火龍公爵相手に大見得を切ってみたけど、本当は心臓がドキドキしている。
何日も目一杯考えて、最善だと思う方法を提出してみたけれど───それでも、結局、成人して王位継承権が放棄出来るまで、僕が取り扱い要注意物件というのは変わらない。その上、この計画の最大の問題点は、不確実で尚且つ“僕の成人後”という無駄に長い時間が掛かるというところだ。
公爵の金色の瞳を見返せなくて、僕は俯いた。
「───そこまで考えて頂いていたとは思いもしませんでした」
沈黙が支配した部屋に、静かな、静かな声が流れた。僕は俯いたまま言葉を重ねる。
「継承権放棄も討伐隊入隊も、将来の話です。今はすべて不確実な約束にしか過ぎません。ですから、書面にして、契約魔法で誓うつもりをしております」
「……そこまで必要はありませんよ」
「それと、母上とコーデリア様の間で決められた、アリッサ嬢が望まなければ婚約はしないという大前提も崩すつもりはありません。この話、アリッサ嬢には聞かせず、公爵と僕の間だけで取り決めたいのです」
大きなゴツゴツとした手が、僕の手を取った。公爵の手にすっぽりと収まってしまう僕の手の小ささが、どうしようもなく悔しい。
「殿下。そこまで我が娘を想ってくださってありがとうございます。父親としては嬉しい限りですよ」
言い聞かせるような、優しい口調。
「契約魔法は必要ありません。アリッサが望まなければ成立しない話に対して、殿下が払う対価が高すぎます。……ここは信用取引といたしましょう」
「では……?」
「ええ、殿下が見事、娘の気持ちを動かせたら、喜んで娘を貴方に送り出しましょう」
良かった……!
僕はようやく、公爵の顔と真っ直ぐに向かい合った。
いつもなら人を射抜く鋭い金の瞳が、温かな陽の光のように柔らかくなって、こちらを見つめている。
「アリッサは……馬銜を噛ませても大人しく言うことを聞くような子ではありません。嫁がせるなら上手に御せる者でなければと常々考えておりました。殿下がそうなることを……期待しておりますよ」
んんん?
公爵は不穏な例えをしているが……それはつまり、アリッサが僕を好きになるだけじゃなく、僕がアリッサを御せなければ駄目ってことか……?いや、それはかなりハードル高くない……。
アルフレッド、頑張りました~!そして私も頑張りました~、はあ、ここ、なんか難しかった……。
殿下、元々はもうちょっと冷めた策略家タイプを想像していたんですけど、案外、純情で真っ直ぐタイプだったことにビックリですね(書いてる私が;笑)。
でもここからが本当の勝負だ、頑張れ~!




