クマのぬいぐるみの行方
遠慮するアリッサ嬢の手を引いて、用意しておいた部屋へ向かう。
部屋で待っていたヘザーは、申し訳なさそうな彼女の様子を見てすぐに目線を合わせ優しく対応してくれた。到着時はその大きな金色の瞳を潤ませていたのだが、ヘザーに安心したか、彼女はふにゃっと笑った。ビックリするほど愛らしいその姿に、ヘザーは一遍で心奪われたようだった。そっと僕に身を寄せ、「殿下!こんな可愛らしいお嬢様を怖がらせるなんて、二度とダメですよ!」と怒る。
……いやいや、確かに可愛らしいけれど……リバーシで彼女がどれだけ容赦なかったか、教えたい。大体、初めて会ったときなんか、蛙を手掴みだぞ?
ベッド上のクマのぬいぐるみを見た瞬間、アリッサ嬢の顔が輝いた。ぱあっと満面に笑みを浮かべ、ぬいぐるみに抱きつく。そして、いそいそとぬいぐるみを抱えながら布団の中に潜り込んだ。
うーん、そうしていると年相応だ。ま、アリッサ嬢と1つしか違わない僕が言うのも何だが。それから、
「殿下はぬいぐるみがお好きですか?」
と、ニコニコ聞かれた。
別に嫌いではないけれど、好きでもない。
とりあえず、僕ではなく母上が好きだと答える。母上は専用部屋を作るほどぬいぐるみ好きなのだ。大量のぬいぐるみをどうかと常々思っていたけれど、アリッサ嬢も好きなようだし……女性はやはり、ぬいぐるみが好きなのだろうか。想像つかないが、アリッサ嬢の部屋もぬいぐるみだらけとか?まさか!
でも、アリッサ嬢が珍しくせがむので、ぬいぐるみにまつわる母上の創作話を幾つか話した。くだらないと思っていた割りに、案外、僕も覚えているものだ。
「王妃さまは、想像力豊かですね」
「豊かすぎて、ときどき、現実まで勝手に想像でねじまげるから困るよ」
「ふふふ、殿下は左脳派ですもんね~」
「さのう?」
「あ。……計算とか、論理的思考が得意なタイプだなって思うんです。反対に王妃さまは、論理より感情やイメージで物事をとらえる方かな、と」
「なるほど。そうかも。……アリッサ嬢はどっち?」
「わたしですか?」
アリッサ嬢は首を捻った。
「わたしも王妃さまと同じく右脳タイプだと思いますけど。でも、王妃さまほど発想力は豊かじゃないですね~……平凡だからなぁ」
……アリッサ嬢が平凡だったら、他の人間は馬鹿ばかりにならないか?
僕が呆れかえったら、アリッサ嬢はふいに大人びた笑みを浮かべた。
「わたしは平凡ですよ。ほんのちょっとだけ、運を持って生まれたんです」
???
どうしてだろう。急にアリッサ嬢が遠くなった。まるで知らない誰かになったような。
そのまま彼女は小さく呟いた。
「わたし、そういえば昔、こんな感じのクマのぬいぐるみを持っていましたね……」
「今はもう無いの?」
「はい」
その声音は、淋しげだった。ここではないどこか遠くを見つめている。
「……そのクマのぬいぐるみ、持って帰る?」
「いえ。トムソンもリアと離れるとさみしいでしょう?」
「そっか……」
そのクマのぬいぐるみがどうなったのか。何故か、聞いてはいけない気がした。




