いつか、頼られたい
アリッサ嬢の手作りケーキは、驚くほど美味しかったし、母上への手土産であるチーズも美味しいものが多かった。
アリッサ嬢の舌の感覚は見事だ。
それと、僕は母上がチーズ好きとは全く知らなかった。フランドール出身という事柄から、チーズを導き出したアリッサ嬢の考察力は侮れない。商人としての才能が優れているのは勿論だが、外交官で働いても素晴らしい成果を上げそうだ。
あんなに会話が弾んで楽しい夕食は初めてだった。
母上はその後、ウキウキとアリッサ嬢と風呂へ。僕より、親子らしい親密な空気が流れている。
「妃殿下があれほどはしゃいでいるところ、初めてみました~」
ウィリアムが見送りながら感心したように言う。
「母上も女の子が欲しかったんだろうな。僕は男で良かったと思ってるけど、あんなに楽しそうだと、女じゃなかったことが少し申し訳なく感じる……」
「ま、可愛いお嫁さんをもらえばいいだけの話ですしね」
「……母上は“可愛いお嫁さん”じゃなく、アリッサ嬢が気に入ったみたいだけどね」
「ふふ、じゃ、嫁姑問題の心配はないってところですか、殿下?」
ニヤ~と意味深な笑みを向けられた。
僕は肩をすくめる。ウィリアムは誤解をしている。
「アリッサ嬢は紅い石に何も意味は込めてないよ」
「ええ?手作りケーキに紅い石の付いたプレゼントですよ?僕だって最初はあのアリッサ様が?って信じられない気持ちでしたけど。さすがにそこまで用意しておいて、好意無しはないでしょう。大体、殿下も喜んでたじゃないですか」
「…………案外、ウィルもチョロいな」
「え?」
「アリッサ嬢は、絶対、僕を恋愛対象とは見ていない」
「殿下、疑いすぎです」
疑いすぎじゃない。
王城の行事や茶会で、僕に好意を持っているだろうご令嬢方が向ける視線と、アリッサ嬢の視線は明らかに全く違う。
僕は、正確に冷静に、現状把握が出来ているだけだ。
ベッドに入りかけて、重要なことを思い出した。
そういえば、アリッサ嬢は王城の怖い話を完全に忘れただろうか?
食事のときの雰囲気では問題なさそうだったけど……念のため、様子を見ておこう。
彼女の部屋の前まで行くと、ガタゴトと音がする。寝てはいないようだ。
躊躇いつつ、扉を叩いて開けてみれば……ガタン!と何か倒れるような音がした。
慌てて扉を開ける。
アリッサ嬢は……何故か壁際に寄せたソファーの上でフットスローに絡まっていた。
「アリッサ嬢?!」
やっぱり彼女の行動は予測がつかない。
───話を聞けば、壁掛けの鏡に目隠しをしたかったとアリッサ嬢は恥ずかしそうに教えてくれた。
更にベッドの上にはクッションが散乱している。
なるほど、彼女なりに一人で対策を講じて工夫していたようだ。その奮闘ぶりが可愛くもあり、寂しくも感じる。怖いなら、素直に誰かに助けを求めたらいいのに、アリッサ嬢にその発想はないのだ。彼女らしい。
……いつか、僕を頼ってくれるようになるといいのだけど。




