念のため、準備しておく
僕の乳母でもある侍女のヘザーに、古いぬいぐるみを出してくれるよう頼んだ。
「お古のぬいぐるみをプレゼントするのはどうかと思いますけどねぇ……」
「何故、古いぬいぐるみをプレゼントするんだ?」
「違うんですか?てっきり、アリッサ様に差し上げるのかと」
後ろに付いていたウィリアムも頷く。
「毎晩抱いていたお気に入りを、ぜひ、アリッサ様にも使って欲しいのかな~って」
「気持ち悪いだろ、それ」
僕だったら嫌だ。
ウィリアムが、うーんと唸った。
「そうですね、殿下のよだれまみれのぬいぐるみですもんね」
「よだれなんか垂らしてない!」
「そうですかぁ?殿下、昔はなんでも口に入れていたんですよ~」
「そうそう、ウィルの指も好きでしたよねえ。ずーっとしゃぶって、ウィルの指がしわしわになりましたっけ」
「そんなことしてない……」
「ヒドイ、殿下。小さすぎて覚えてないからって、僕の大事な大事な思い出をなかったことにするなんて」
「止めろ、気持ち悪いだろう」
「あら、ダメですよ、殿下。殿下に忠実なウィルを気持ち悪いなんて」
ああ、もう。
どうして僕の回りはこう、面倒な絡みばかりしてくるのが多いんだ。
盛大に溜息をつきながら、ヘザーを見返した。
「僕が5才まで使っていた部屋はそのままになっているだろう?その部屋にぬいぐるみも置いておいて欲しい。使わない可能性もあるが、アリッサ嬢の気持ちが落ち着く部屋を用意しておきたいんだ」
「ああ!なるほど!」
すぐに理解したウィリアムがぽんと手を打った。ヘザーが怪訝そうに首を傾げる。
すると、わざとらしく眉間に皺を寄せ、ウィリアムはヘザーの耳元へ囁く(全然、声は小さくなっていないが)。
「前回、殿下はいたいけなお嬢さんに怖い話をして脅かしたんですよ。ひどいと思いませんか」
「まあ!そんな非道なことをなさっていたとは。ばあやの育て方が悪かったのですね……」
よよよ……と泣き崩れるヘザー。
はあ。
「もうブランドンに散々叱られたから勘弁してくれ。大体、火龍公爵にはもっと脅してくれて構わないと言われたんだからな。必要な処置だ」
「ひえー、もっと脅せと?!火龍公爵家はスパルタですね~」
僕の言葉に、ウィリアムの目が真ん丸になった。
まあ、確かに厳しそうだが、王家はどちらかといえば過保護なところがあるので、火龍公爵に指導を入れてもらってもいいかも知れない。
「でも殿下。ぬいぐるみくらい、新しいのを用意したらどうですか?」
「気を使わせたくないし、彼女が忘れているなら無理に思い出させない方がいい。使わないに越したことはないんだ」
あの潤んだ瞳を思い出すだけで、急に胸の奥が苦しくなる。出来れば、怖い話はすっかり忘れていて欲しい。
「怖い話に関係なく、普通にプレゼントしてもよろしいではないですか」
「アリッサ嬢は、可愛いぬいぐるみを喜ぶタイプじゃないよ。普通にプレゼントするなら、魔獣の方が喜びそうだ」
「どんなお嬢さんですか。まったくもう、殿下のプレゼントのセンスはなっていませんねぇ」
ヘザーはアリッサ嬢を知らないからそう言えるんだ。
ほら、ウィリアムは納得してる顔じゃないか。




