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『日常の続きをするんだ』

「んー」

「8時間の熟睡ですね、おはようございます」


 自然と視界が開き、あの気持ち悪い文様が目に入る。だが不快なものはそれだけであり、ふかふかの毛布とベッドの感触はここしばらく味わえていなかった。転移者としての修正力によりパフォーマンスは下がらないとはいえ、精神的に少しスッキリした気がする。


 ベッドから起き上がる。少し広めの個室には2つのベッドとクローゼット以外は何もない。そんな空間に俺とブルーはいた。睡眠時の護衛を頼んでいたブルーは俺のベッドにすわり、毛布越しにつんと腹をつつく。俺がすっと布団に再度潜ろうとした瞬間、一秒に20連打の腹つつきが発生し、そのくすぐったさに思わず飛び起きる。


「目が覚めましたか?」

「俺の腹はAボタンじゃねえぞ」

「50連打くらいしたら隠しモードでも始まらないかと思いまして」


 くだらない軽口を言い合いながら立ち上がる。横目でブルーを見ると彼女は金属の器を持っており、その中には3つほど餅らしきものが入っている。俺が寝る前にあの少女たちから貰ったものだ。俺は手を伸ばす。避けられる。手を伸ばす。避けられる。


 俺達の間に火花が散る。禁忌兵装を部分展開した俺に対しブルーは体を低く構え回避姿勢を取る。


『いやなんでお前らほのぼのじゃれあってるの?』


 ……だって何もないんだもん。



 あれから30時間程度が経過した。本当に襲撃も何も無かったのだ。強いて言うなら目の前の珍妙な模様が精神攻撃をしてくるくらいだが、俺は身体改造無しなので気持ち悪い以外の害はない。ブルーは対策プログラムを既に組み込んであるらしい。曰く視界の解像度を調整することでそもそも文様に隠れたミームを読み込めなくするとか。まあ目が悪かったら読むどころではないのは間違いない。


 あれから改円と名乗る老人は時たま部屋に顔を出してこちらを眺めてはニコニコしている。恐らく俺達がミームを受け精神改変を受けている、と思い込んでいるのだろう。ベッドに座り伸びをしている俺の隣にブルーが座る。一時の苦痛ではない沈黙が続く。どこか遠く、天井を通り抜けたその先に向かって、見えないと分かりながらブルーは視線を向ける。そのままぽつりと彼女は呟いた。


「平穏、ですね」

「そうだな」

「2028年もこうだったんですか?」

「ああ。季節はまだ秋だったからな。残暑の微妙な暑さに耐えながら登校していた。空を見上げると太陽が馬鹿みたいに照っていて、足元には植物の木の実が落ちてる。銀杏ってやつが兎に角臭いんだ」

「そういった生物的な悪臭はあまり経験がないですね。そっか、向こうにはもっと色々あるんですよね。消費期限の切れた保存食や延々と続く廃墟、奇妙な化学物質の悪臭ばかりではなくて」


 そうか。彼女は生まれた時からずっとこの滅亡した世界で過ごしてきたんだ。だから昔では当たり前の事を何一つ経験していない。下手すれば植物を見るのもここが初めての可能性がある。


 ブルーから貰った餅を頬張る。食感はそのままだがどこか化学の実験室で感じたような匂いが抜けていない。その嫌な感覚に、だからこそ自身の世界が深く浮かんできた。俺の目もまたブルーの如く遠くに焦点が移り、過去の記憶に意識が映る。ぽつり、と俺の口から言葉が漏れた。


「日常の続きをするんだ。朝学校に走って、教師の眠い授業を受ける。放課後は部室でだらだらと友人と何時間も喋るんだ。飯も旨くて、でも宿題をしていなくて怒られる」

「おとぎ話のような世界ですよ。既に300年以上前に崩壊した風景。2028年の300年前というと1700年、日本はまだ江戸時代です」

「そうだな、そしてブルーもそのおとぎ話の世界に来るんだろう?」


 彼女は少し目を見開き、「……行けるでしょうか?」と呟く。ブルーにとっては本当に現実感がないのだろう。その不安をかき消すように俺は強く頷き端末を開く。


『権兵衛様復活じゃ、見てろクソ共全員ぶち殺してやる! 転換砲を喰らえ!』

『権兵衛来た!これは勝利!』

『禁忌兵装(偽)完成したので各自回収していってね~』

『旧ブラジル組も防衛線突破成功、明日にはホワイトエンドミル社近郊に到着します』

『よっしゃ祭りじゃ、ぶち殺すぞ!』

『コロス! コロス!』

『ホワイトエンドミル社を赤く染めろ!』


「……行けそうですね」

「……なんか安心してきたよ」


 なんというかエンジン全開で暴走している掲示板の皆に呆れる。恨みや希望で一杯なのは分かるが殺意が高すぎる。まあこれなら帰れる目途は立つ、と二人で笑いあう。そんな時に背後からがさっと音がした。扉の方からだ。


 何か不味い内容を聞かれてしまったかもしれない、と戦闘態勢に入る俺達の前にその影は現れた。少し空いた扉からおずおずと入ってきた、両手を上げるその少女たちには見覚えがある。改円の後ろにいた二人だ。彼女たちのうち少しだけ背が高く、髪の長い少女が口を開いた。


「あの……お二人は、まさかとは思うのですが脳が変になっていないのですカ?」

最後の一言だけ抜き出すと最悪に失礼。

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[一言] 元から変なんです
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