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『どさくさ』

「今からでもいイ、降参しロ。これは犯罪だゾ」

「趣味は軽犯罪とゲーム、って言っただろ?」

「軽犯罪なわけないだロ、重だ重!」


 その言葉と共に俺の周りを何十体もの中級個体が囲む。彼らは量産品の如くその手に槍を装備している。その槍は先端が二又に分かれており間には放電が走っている。銃を使うわけには行かないのだ。この巨大な空間はホワイトエンドミル社第三日本支部における最重要施設。俺の背後にある修正力を利用した発電装置の存在を前提として作られている。


 発電装置に危害を加えない為に、そして何より名無しのチンパンジー達が元の世界に戻ってしまわないために。中級個体達は一秒すら惜しいという様相で俺に飛びかかる。


 あの戦闘訓練で戦った下級個体とは比べ物にならない加速。同一の戦闘プログラムを使っているのであろう、完全に均一な刺突。それに対応すべく俺の網膜に無数の情報が投影される。そのうちの一つがこれであった。


『非殺傷戦闘プログラムを起動します』


 姿勢が自然と低くなり、頭上に円を描くように右手に持つブレードを振り回す。ブレードは俺の身長を軽く超える長さでありながらまるで枯れ枝の如き軽さで空間を切り裂く。槍の雨はただ一撃にて切断され、斬撃の軌道に廃塩が舞った。


 そのまま更に姿勢を低くし獣の如き構えで再び刃を振り回す。狙いは足であり、槍を叩き切られた中級個体達が次の行動を起こすのを許さない。金属の擦れあう嫌な音と共に刃は周囲の足を切断する。白い軌跡が赤熱し、転換砲を思い起こす爆発が発生した。腹の奥に響く重低音の後、周囲に戦闘不能となった中級個体達が10体ほど落下する。


 ……いや、強すぎない? 戦闘訓練、下級個体2体相手にするだけで限界だったんだぞ。先ほどの一撃を辛うじて回避した中級個体達は槍を捨てる。そして拳を構えて近づいてきた。


『うわー、資源が限界だから武装1個だけなのか』

『多分こっそり分解して売却とかしたんじゃね?』


 世知辛い。こんな可哀想な敵がいてよいのか。もう少し悪人っぽく火炎放射器とか取り出してもらいたいものだが。そう考えていると視界にアラームが表示される。対象、上空。


 中級個体を無視し勢いよく背後に飛ぶ。押しのけられた中級個体はダンプにはねられたかのごとく吹き飛び2バウンドした。先ほどいた地点に数多の金属弾が落ち、火花を散らして床を歪める。上級個体の銃から放たれた散弾だ。


 しかし上空に上級個体の姿はない。視界に映る表示が背後に危機を示し、動こうとする。だがそれより早く体は持ち上げられ、投擲される。先ほどまでを考えると速度では勝っているはず。つまりこれは技量の差だ。


「うわっ!」


 視界が曖昧になる。宙に浮く俺にいつの間にか近づいていた上級個体の銃口が付きつけられた。回避する間もなく引き金は引かれ、装甲に銃弾が突き刺さる。衝撃により俺の体はいともたやすく壁まで吹き飛び、幾つも貫通してようやく止まった。だが体にダメージはない。


『損傷率0.2%。修復まで2秒』


 自動修復システム、とやらが働くと同時に背中の肉がずるり、と削られる。異塩変換だ。その気持ち悪さを耐え立ち上がる。攻撃の痛みすらない、禁忌兵装は本当に優秀な武装だ。既に突き刺さった銃弾は抜け落ちている。


「異塩変換式に相当する兵装でなければ装甲を貫く事すらままならないとはナ。だからそれは嫌いなんダ」


 上級個体が壁の穴から現れる。その表情は忌々しそうであり、両手に銃剣を構えていた。彼の背中から伸びるアームが銃剣の底を開き、マガジンを取り換える。その姿を見ながら時間稼ぎのために適当に話を繋ぐ。


「前に戦ったことがあるような口ぶりだな」

「野良の転移者ダ。本社を襲撃してきて甚大な被害をまき散らしタ。あの一件で資源としてだけではなく脅威の排除という目的で転移者狩りの頻度が増加したほどにはナ」

『権兵衛お前の仕業か!』

『権兵衛てめえ映画視聴会してる場合じゃなかっただろ!』

『だから今回禁忌兵装提供して転換砲まで撃ったんだよ!』

『残り2分12秒』


 掲示板が荒れ、なんかしれっと権兵衛の罪状が増えていく。まあ別にいいんだけど、と思いながらブレードを構える。

 

 明らかに上級個体の技量は卓越している。あの一瞬でそれを理解させられた。身のこなし、立ち回り、照準。そのどれをとっても俺と戦闘プログラムを遥かに超える怪物だ。禁忌兵装の補助があってなお、その動きを追うことは難しい。


 しかし一方で上級個体には決め手がない。銃剣から放たれた散弾を直撃させてなお俺にはまともなダメージが入らず、その傷ももう癒えた。その軍服につけた装備の中でその装甲を越えられる武装は恐らく存在しない。


「倒れロ」


 それでも上級個体は俺に斬りかかってきた。残像すらない高速斬撃を体を捻り無理やり回避する。返す刀でブレードを無理やり振るう。床が爆砕し破片が飛び散るもののその軌道に奴はいない。いつの間にか俺の首元に刃が突き刺さっていた。そこからは塩が零れ落ち、ぷすりと俺の首に冷たい感触が残る。


『緊急再生開始。異物の排除完了』


 刃が奥に進むより早くそれは再生した装甲の圧力によりへし折られた。首から血が落ちる前に俺の体も再生する。上級個体は壁に着地し、失われた銃剣の刃先を交換した。


「あ、あっぶね~」


 普通に装甲超えてくるじゃん! なんだこの怪物、執行者とか言われてたし相当強いのだろうけど。掲示板もざわざわと騒ぎ出す。


『なんで抜けるんですかねぇ』

『ピンポイントで装甲の隙間射抜くの、禁忌兵装相手によくやるよ』

『今のところ斬撃による装甲貫通率100%で草。なんで一撃で成功するんだ?』

『コイツ思い出した! 最高位執行者だ、なんで左遷されてんだよ!』


 こいつやべえよなぁ。まともに戦いたくねぇと思いながら飛び掛かってくる上級個体に応戦する。ブレードを兎に角振り回し、足を止めないことで攻撃を制限するのだ。防御力と攻撃力と素早さは俺が上。スペック差で押し切るしかない。


 10秒。20秒。背中の肉が半分失われ、腹回りが抉れ出す。それでも動きをやめない。禁忌兵装の稼働に必要なのは脳だけでありそれ以外は燃料に過ぎない。動き、暴れ、時間を稼ぐ。中級個体が乱入してくるも余波だけで吹き飛ばされる。上級個体の刃が何度も突き刺さり、それを力づくで排除していく。



 そして時間は訪れた。


『3分だ』


 背後を見る。穿たれた壁の向こうが異常な光を放つ。それは4つの樹脂球からであり、その樹脂はどろりと溶け始めて中身が見える。その中では裸の名無しのチンパンジーが力なく崩れ落ちていた。彼女の体もまた何色とも形容しがたい、虹をぐちゃぐちゃに捻じ曲げ混ぜたようなその光に包まれて行く。そしてその体はぷつん、とその場からいなくなった。


 それと同時にぽいっと人型のナニカが名無しのチンパンジーの所に投げ込まれ、同じように消え失せる。


 虚ろな瞳をしたイエローも何故か転移完了していた。それと同時に4つの球はバチバチと異常放電を起こし、全ての動作を停止したのであった。

 

『上級個体』

元最高位執行者。身体改造を繰り返しホワイトエンドミル社の尖兵として敵を倒す戦士。生まれは実は第4次企業群戦争真っ只中であり、意外とおじいちゃん。本人らは知るすべも無いが、第4次企業群戦争にて権兵衛と上級個体は戦闘し権兵衛が圧勝している。転移者となった権兵衛を返り討ちにしたその実力こそが長い間の修練の結果を示している。なお有給休暇もらえなさ過ぎてグレた模様。


次話でホワイトエンドミル社突撃回は終了です。

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― 新着の感想 ―
[一言] あー、もしかしてチンパンジーさん権兵衛が暴れてない世界線なら普通に執行者の撃退成功してた??
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