13-3
「ノアのお母さんの魔力??」
青ざめた顔色のノアが頷く。
『多分、精製したのは母様。魔洸石には、精製した人物の魔力が残るものなの……。でも、何でこんな所に』
俺も頭が混乱する。ノアの母親の作ったものを、何故鈴木氏が持っていた??
俺は呼吸を整える。落ち着け。もう一度冷静になって考えろ。
……これは、決してあり得ない話じゃない。
ノアの母親は、確か40年ほど前にこの世界に転移していた。恐らく滞在期間は一時的だったはずだ。ただ、イルシアの場所から考えるに、彼女がいたのはC市かその周辺である可能性が極めて高い。
そして、鈴木一家が暮らしていたのは、隣町のH市だ。距離としてはそう遠くもない。
問題は、どうしてノアの母親が鈴木一家との接点を持ったかだ。彼らが殺された15年前には、既にノアの母親はシムルに戻っている。ノアの年齢から考えるに、彼女が日本にいたとしても30年前までだ。
鈴木義成氏が失踪した時の年齢は、確か40代前半だ。ノアの母親と会っていたとすれば、15~20歳の時か。その当時の彼は、どこで何をしていたのか?そして、ノアの母親は何を彼に託したのか?
俺は首を振った。また分からないことが増えた。ただ、一つ可能性として浮上したことがある。
もしノアの母親が「遠見の水晶」を鈴木義成氏に渡していたとしたら。そしてそれを阪上が手にしていたとしたら。阪上が何故これほど多くの人間の弱みを握れたのかという説明はついてしまう。
そしてそれは同時に、彼が想像より遙かに厄介な存在であることも示していた。これは死体を見つけて終わり、ということにはどうにもなりそうもない。
サイレンの音が大きくなり、そして止まった。半袖のシャツを着た警察官が3人、こちらに駆け寄ってくるのが遠くに見える。とりあえずは、この事後処理が先だ。
「ノアはとりあえずここから離れた方がいい。例の動画で顔が割れてる可能性があるから、イルシアにとって面倒なことになるかもしれない」
『分かった。トモはどうするの』
「まあ、適当にやるさ」
ノアは頷くとすうと気配を消す。何かの魔法を使ったのだろう。
「どうしました」
警官がこちらに呼びかける。俺はどうこの状況を説明しようか、全速力で頭を巡らせていた。
*
「……ふう」
事情聴取が終わったのは、夜もかなり経ってからだった。
「匿名の情報を元に試しに掘ったら、本当に死体入りのスーツケースが出てきた」という説明を納得してもらうまでには、かなり時間がかかった。
そもそも、スーツケースはそれなりに深い場所に埋められていた。手で掘ったとしか言いようがなかったが、それも込みで色々疑われた。
*
状況が変わったのは、事情聴取が始まって2時間ほど経ってからだ。
「警部!!こんな情報が」
若い巡査が取調室に駆け込み、何やらスマホを上司に見せていた。「ちょっと待っていろ」と、取り調べ担当の警部が部屋を出て行く。
「……やはり、動いたみたいですね」
市村が、溜め息交じりに呟く。
「動いた、とは?」
「高崎ゲン、ですよ。僕らがイルシア王宮から去って、多分覚悟を決めたんだと思います。動画で、自分が死体遺棄の共犯であることをカミングアウトしたんでしょうね」
「……本当なのか、それは」
「詳しいことは何も聞かされていないし、死体が埋められた詳しい場所も知らなかったみたいですけど。阪上市長が逮捕され次第、自首するって言ってました」
まだ阪上は捕まってはいない。ただ、証拠隠滅の可能性を恐れて、彼は彼なりに手を打ったのだろう。
しばらくして、警部が戻ってきた。
「……別途、有力情報が入った。高崎ゲン、か」
警部はスマホを俺たちの前に差し出した。そこには、「イルシアチャンネル」の第2回が映し出されている。そこには市村と高崎が掛け合いしているシーンがあった。
「ここに映っているのは、君だね」
「はい。その時に彼から情報を」
「……なるほど。ようやく合点が行った。納得できない点も多々あるが、そこから先は高崎に話を聞くとしよう。
彼から直接、自首する旨の連絡が入った。詳しくは明日話を聞かせてもらおうか」
*
「ようやく解放されましたね」
「付き合わせてすまないな。しかし、問題は阪上の動向だな」
俺はスマホでツイッターを見た。高崎ゲンの「自白動画」は相当に話題になっているらしい。「イルシアチャンネル」の第2回とほぼ同時公開だったこともあり、関係を邪推する書き込みもかなりあった。
そして、既に「C市に男女二人の遺体発見」というニュースは通信社が流していた。これと鈴木一家が結びつけられるのも、時間の問題だろう。
そして、片桐の不倫の決定的証拠を暴くと言っていた「あるふれっど」は、「緊急事態に付き暴露は延期」と書いている。阪上は阪上で相当ばたついているようではあった。
「証拠隠滅なんて、できるものなんですかね」
「普通に考えれば無理だが……」
そう、普通に考えれば無理だ。特に高崎ゲンが警察に自白すれば、嫌でも捜査は阪上にも及ぶ。当然、15年前のアリバイも洗い直されるだろう。
決定的な証拠が出なくても、嫌疑をかけられた時点で阪上の立場はなくなる。だからこそ、坂本たちを使って死体の場所を動かそうとしたのだ。
だが、阪上が何らかの「魔法」を使えると仮定すると、話はかなり変わってくる。そう、例えば行動を先回りするとか……
ぞくり。
背中に悪寒が走った。そうだ、何故その可能性を思い付かなかった!?
「市村君っ!!至急高崎の携帯を鳴らしてくれっ!!!」
「え??」
「もし『遠見の水晶』を使えるなら、高崎の行動は読まれている!!自首する前に、阪上に確保される恐れがあるっ!!」
市村の表情も一変した。慌ててスマホを取り出し、電話をかける。
数十秒後、市村は青ざめた表情で首を振った。
「……ダメです、出ません」
俺は唾を飲み込んだ。相当にマズい状況になりつつある。その時、俺の携帯も鳴った。……睦月から??
「もしもし」
「ごめんなさい、忙しいところ。すぐに来れる?」
睦月の声は憔悴しきっている。こちらもこちらで、ただ事ならぬ何かが起きているのがすぐに分かった。
「何があったんだ!?」
「百合子さん……片桐さんの娘さんが、自殺を図ったの……今、C市市民病院にいるわ」




