13-2
俺の言葉に坂本は足を止めた。先に進もうとする部下と思わしき強面の男たちを手で制する。
「進むな。あのガキにやられるぞ」
ノアは坂本の方にロッドを向け、ニヤリと笑う。
『正しい判断ね。今のあたしに喧嘩を売るのは自殺行為よ』
「……スーツケースを掘り返したのか!?」
『中に死体があったのは確認済み。サカガミの指示で来たんでしょ?もう手遅れよ』
「……死体!?」
坂本が目を見開いた。やはり詳細は聞かされてなかったか。
「ノアの言う通りか。大方スーツケースを掘り返し、指定の場所まで移せという指示だったんだろ。中身は絶対に見ない、という前提付きで」
「……どういうことだ」
「阪上は殺人者だ。15年前の『鈴木一家失踪事件』の犯人である可能性が、極めて高い」
坂本が部下と目を見合わせた。そして憤怒の表情でスコップを地面に叩き付ける。
「クソがっ……!!!俺は人殺しに強請られてたのかよっ!!!」
「やはり、そんなところか」
坂本は片桐と一緒に来た時、阪上に対して悪態をついていた。元々反阪上であったはずの坂本が向こう側についたこと自体、かなり不自然だったのだ。
とすれば、阪上が得意としている手法……弱みを握った上での恫喝が行われたと考える方が自然だ。
「あいつは、俺が会社の金を横領していることをどこかから勘付きやがった……言う通りにしないと、警察と会社にチクると」
「だが、阪上ももう終わりだ。もう警察に連絡している。関係者と思われたくなかったら、早く立ち去った方がいい」
俺の後ろでは、市村が警察に通報していた。20分も経たないうちに、警察がここに来るはずだ。
「……本当に、終わるんだろうな??あいつの所にある一連の証拠も、なくなるんだろうな!?」
「それは俺の知ったことじゃない」
「あああああ!!!」と絶叫して、坂本がスコップを蹴った。
「クソっ!!!クソクソクソっ!!!」
一通り蹴ると、坂本はその場に崩れ落ちた。部下が「早く逃げましょう」と促すと、弱々しく頷く。
遠ざかる坂本の背中を見ながら、俺は強烈な違和感に襲われていた。……阪上が行っていたのは、盗聴だけではない??
坂本は「一連の証拠」と言っていた。盗聴音声だけでは、そのようなものは手に入らない。誰かに盗ませていたのか。
可能性はある。ただ、坂本が阪上側に寝返るまではかなり短かった。もっと手早い手段を使っていたのだろうか。例えば、盗聴器ではなく、隠しカメラとか。
だが、盗聴器以上にカメラの設置は難しいはずだ。そして、それなりに金もかかる。電池だってもたない。
……阪上は何か、俺たちの知らない手段を使っている。そう、それは例えば……
「ノア、一つ訊いていいか」
『ん、どうしたの?』
「この世界の人間が、魔法を使うことはあり得るのか?」
『……ないとは言わないけど、基本無理よ。マナが薄すぎるから。それに、ヒビキみたいにシムルの上位魔術師並みの魔力を持っていても、それを行使する技術を持ってる人はほぼ皆無なんじゃないかしら。
あのアレンみたいなのは例外中の例外。元の魔力が膨大な上、多分ギルファス卿かメリアに技術を教えてもらってただろうから。……何が言いたいの?』
「阪上市長が魔法を使える可能性を考えていた。例えば『千里眼』のような」
ノアが『ハハハ』と冗談めかして笑った。
『面白いわねそれ。でもあれはジュリじゃなきゃ起動できないし、個人が似たような魔法を使うなんて絶対にあり得ないわね。ましてやこの世界で。
まあ、シムルにはあの簡易版みたいな魔道具があったけど。母様も持ってたかしら』
「簡易版?」
『そ。玉に触れた人の視界と聴覚を共有するっていう『遠見の水晶』。『千里眼』みたいに対象や射程が無制限というわけじゃないけどね。帝国と魔侯国の戦争では、斥候を対象に結構使われてたみたい。もちろん、超希少品だけど』
「それがあれば、この世界の人間でも同じようなことができるのか」
『まあ無理じゃない?ヒビキみたいに魔力が余程ある人間なら別だけど、起動すらできないんじゃないかしら。そもそも、そんなものがこの世界にあるわけもないし』
阪上は「念話」が通じなかった。魔力があるようには思えない。その可能性は捨てるべきか。
「……ちょっと待ってください」
市村が口に手を当てて言う。
「どうした?」
「ラピノが、何か話したいことがあるみたいなんです。少し、代わります」
市村は一瞬のうちに猫の姿になる。これもジュリの力らしいが、正直驚くしかない。
『代わりましたニャ。ちょっと、気になることがあったんですニャ』
『どういうことなの?』
『シェイダさんは阪上の魔力はほとんどないと言ってましたニャ。だから『情動操作』が効きにくかった、と。
でも、サカガミは魔法をかけられていたらしいことを認識してましたニャ。さらに、ヒビキが私に変化しても、驚くそぶりを全く見せてなかったですニャ。あれは変ですニャ』
『……サカガミは、魔法の存在を事前に知っていた、ということ?あたしがサカガミに前に会ってたから、それは当然じゃない?』
『ニャ。でも、ちょっとおかしいですニャ。言ってみれば、『抵抗』していたか、意図的に魔力を抑える術を持っていたか、そんな気がしましたニャ』
ノアはしばらく黙った後、額に皺を寄せた。
『……確かにそうね。最初にあたしたちがサカガミに会った時、シーステイアの『情動把握』は通ってた。なのに、それより強力なはずのシェイダの『情動操作』は通りにくかった。
サカガミがイルシア王宮に呼ばれた時に罠にはめられることを警戒していたなら、そして魔力を意図的に抑えることができるなら、あり得ない話じゃない』
『そうですニャ。そして、シェイダさんがそれに気付かないとなると、かなり魔法を使い慣れていることになりますニャ』
『念話が通じなかったのは、偽装ってわけね。……それにしても、『遠見の水晶』みたいなのがここにあるとは全く思えないけど』
それも全くその通りだ。ただ、阪上がまだ何か隠している可能性はゼロではない。
そもそも、死体が見つかったからといって、これが阪上の手によるものであると証明されるかは別問題だ。状況はまだ、全く楽観を許さない。
遠くからパトカーのサイレンの音が小さく聞こえてきた。しばらくは、事情聴取ということになりそうだ。
「一応だが、もう片方のスーツケースも開けてみよう。警察が来たら、内容の確認もできなくなる」
『そうね。手早くやっちゃいましょ』
スーツケースを開けると、屍臭と共に白骨死体が現れた。こちらは服装からして男性のようだ。失踪した鈴木家の主人、義成氏か。
スーツケースに無理矢理押し込めるためだったのか、骨があちこち折れている。朽ちかけた服のポケットから、何か光るものが見えた。
それを見た瞬間、ノアの顔色が変わった。
『ちょっと待って!!』
ノアは俺を押しのけ、それを手に取る。それは小さな黒い石の球がついた、ネックレスみたいなものだ。ブラックオニキスがあんな感じだろうか。
「どうしたんだ」
『これ、魔洸石よ。……しかも、微かだけど母様の魔力がする』




