幕間4-4
「んん……ん??」
阪上市長が目を覚ました。スマホを見るなり、飛び上がって叫ぶ。
「っておい!!3時間も寝てたじゃねえかっ!!おい渚ぁ!!お前も寝てるんじゃねえよ!!」
僕たちがいるにもかかわらず、市長は凄い剣幕で眠っている秘書の頭を猛烈にはたく。
「っつう……」
「どうして寝やがった!!俺が寝てたら起こせ!!……って」
市長はようやく、僕らがいることに気付いたようだった。しまったというような顔で、「ははは……」と誤魔化すように笑う。
「いやぁ……すみません。普段の激務がたたってか、つい寝入ってしまったようでして。撮影はもう、終わってしまいましたか」
「はい。ですので、視察のため呼びに来たところです」
高崎の存在に気付くと、一瞬だけ彼の方を鋭く睨んだ。彼はすっと視線を逸らす。
「……まあ、いいでしょう。じゃあ、早速行きましょうか」
「ええ。こちらです」
わずかな苛立ちこそ残っているが、再び笑顔になって市長が立ち上がる。シェイダさんも出ようとした時、市長がそれを制した。
「いや、あなたはいいです。私と彼女だけでいい」
『……は??』
シェイダさんが何かしたことを勘付かれている。つまり、この視察が罠だと見抜かれている可能性は高そうだ。
僕はシェイダさんに目配せをし、シムル語で『このままでいいです』と、小声で伝えた。小さく、シェイダさんは頷く。
彼が目覚めるまでの数分間で、得るべき情報は得た。後は、今でもそれが「そこ」にあるか、だ。
事務所を出て城壁の内側に入る。僕は一応案内しているふりをする。市長は無表情のまま黙ったままだ。
王宮まで50mほどの所、人が誰もいなくなった頃合いで市長が僕の胸ぐらを摑んだ。
「……何のつもりだ??」
「……な、何のことですか」
「しらを切るか?あの耳の長い女、俺に何かしただろ??随分長い間ベタベタ触ってきて、おかしいと思ったんだよ。
一服盛られたかと思ったが、俺は何も飲んでない。あれが『魔法』ってヤツか?寝てる間、何をした」
「僕が、知ってるわけが」
「いや、知ってるな。そもそも、『市村響』は男性社員のはずだ。さっき思い出したよ。
何で女の姿をしてる?そういう趣味か?そうじゃないなら、俺をハメようとしていると考えるのが自然だ。片桐と町田は繫がってる。当然、お前ともな」
「だとしたら、どうするんです」
ニィと市長が笑った。これまでの薄っぺらな作り笑顔じゃなく、心からの、邪悪な笑いだ。
「市会議員、市村響次郎の甥だったな。お前たち一族をC市にいられないようにすることなんて簡単だ。あいつの弱みは握ってる。そして『追い込み』をかけてやるよ。片桐の次にな」
「……そんな脅しをしても、もう手遅れですよ」
一瞬、市長の表情が消えた。
「……いや、それはないな。間に合う、はずがない」
「あなたは、自分の過去を嗅ぎ回る片桐さんを何とかしようとした。だから焦っている」
「だからどうしたってんだよぉ!!!」
市長は絶叫すると、僕の首に手をかける。……目が血走っていて、正気じゃない。
……大丈夫。何があっても逃げられる。その確信はある。
僕は意識を集中した。一瞬の後に、僕はラピノの身体になる。
「……!!?」
僕はするりと市長の腕から抜け出し、すっと間合いを取った。
「だから、手遅れニャ。そもそも、ここで衝動的に僕を殺しても無意味ニャ。
それより、滝川渓谷に行った方がいいニャ?すぐに警察が見つけるニャ」
「……ゲンの馬鹿がゲロったのか!!?」
「さあニャ?とにかく、お前は詰みニャ。もう諦めるニャ」
しばらく怒りを隠さずに突っ立っていた市長が、またニィと笑う。
「……いや。それはないな。ゲンはあの場所を知らない。お前の言葉は、ブラフだ」
「ブラフかどうかは、すぐに分かるニャ」
僕は踵を返し、一直線に王宮へと走る。市長は一瞬追おうとしたけど、すぐに諦めたようだった。
そのままジュリの部屋へと駆けつける。人の姿に戻りドアを開けると、既に水晶玉には夕方前の滝川峡谷が映し出されていた。
『ヒビキ、待ってたよ。シェイダさんとの会話も全部聞いた』
「うん。じゃあ場所を言うからそこに標準合わせて。休憩所から峡谷の方に向かって、滝川が見えてくるかこないかぐらいの所。……多分その辺り」
『この木の下辺り?かなり掘らないと、隠すの難しいと思うけど』
「確かにね。ただ、露出しても大きめのスーツケースが出てくるだけだし、ここを人が通ることもまずないと思う。そんなに深くないかも」
水晶玉が急に真っ黒になった。『ちょっと待って』とジュリが言うと、すぐに明るくなる。『地面の中だから見やすくしてみた』ということらしい。
30秒ほどは土と砂利が映し出されているだけだったけど、急に青い何かが見えた。……スーツケースだ。
「……この中も見れる?」
『……うん』
そこに映し出されていたものを見て、僕らは思わず目を背けた。何があるか、予想はしていたのだけど。
そこにあったのは、無数の骨と、髪の毛。長さからして、女性のものだろう。
服は朽ちかけていたけど、ある程度は形を保っているようだった。
「……やっぱり、あったね」
『……うん。どうするの』
「警察に匿名で連絡しようかと思う。ただ、電話だけで場所が分かるかは不安だけど」
『そうだねえ。トモたちが動ければ話は早いんだけどなあ……そうだ!!』
ジュリが奥の部屋に行ったかと思うと、何かを持ってきた。瓶の中に、虹色に色が変化する液体が入っている。
「何これ」
『『ソルマリエ』。飲めば魔力が一気に回復する秘薬だよ。ボクも『大転移』の直後にこれを飲んだんだ。魔力枯渇にちょっとなりかけてたから』
「稀少なものなんじゃないの?」
『まあね。まるまる一本飲まなくても多分大丈夫。余った分はまた保管すればいいだけだし』
そうか。これをノアさんに飲ませれば、彼女はすぐに動ける。そして場所さえ教えれば、彼らなら何とかしてくれるはずだ。
「分かった。じゃあこれを届けに行けばいいんだね」
『うん。ただ気をつけて。多分サカガミは、何か手を打ってくるから』
「……分かってる」
市長は、多分あのスーツケースの場所をどこかに移そうとするだろう。自分自身が行くことはなくても、誰かにやらせるはずだ。
急がないと、先手を打たれる。ここから先は、時間との勝負だ。
僕は「ありがと」とジュリの頰にキスをし、そのまま王宮を飛び出した。事務所に顔を出すと、阪上市長は急いでここを出たという。やはり、証拠を隠滅するつもりだ。
スイフトに飛び乗り、町田さんの家に向かう。住所は、「何かあった時のために」と前に教えてもらっていた。ナビ通り走らせること数分、僕は町田さんの家に着く。チャイムを鳴らすと、驚いた様子で町田さんが出てきた。
「……市村君か?撮影はどうしたんだ」
「それよりノアさんは??」
「あ、ああ。まだ上で寝ている。まだ万全じゃな……ちょっと!?」
僕は町田さんを押しのけ、2階へと駆け上がる。客間らしき部屋のベッドで、ノアさんは静かに寝息を立てていた。
『ノアさんっ!!起きてくださいっ!!』
『……ん……トモ……じゃない?』
『とりあえず、これを飲んでくださいっ!!一口でもいいんで!!』
蓋を開け、「ソルマリエ」の瓶を渡す。弱々しく起き上がると、ノアさんはこくん、こくんと2口その液体を飲んだ。
次の瞬間。
『んんっっっ!!?え、何、これ!!?』
淡い光がノアさんを包む。部屋に入ってきた町田さんが、「何をしたんだ……!?」と唖然としている。
「『ソルマリエ』です。ジュリからもらった、魔力を回復させる秘薬、だそうです」
「秘薬??」
ぴょん、とノアさんがベッドから飛び降りた。瓶を枕元に置くと、大きく伸びをする。
『……身体が軽くなったわ、ありがと。『ソルマリエ』、自分では使ったことなんてなかったけど……こんなすごいものなのね』
『具合、どうですか』
『うん、完璧。というか……前よりずっといい。シムルにいた時ぐらいには、力が出せそう。しかし、『ソルマリエ』を使わせるなんて……これ、もう残り一本しかないのに。……あの子ったら』
町田さんが僕を見た。
「あ、ありがとう。というか、どうしてここに」
「説明は後です。滝川峡谷に急いでくださいっ!!」
「滝川峡谷??」
「市長が殺したと思われる死体が見つかったんです。急がないと、先手を打たれてしまう」




