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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
幕間4「派遣社員・市村響と御柱ジュリ・オ・イルシアその4」
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幕間4-3


僕はごくりと唾を飲み込んだ。


インフルエンサー「あるふれっど」のツイートは1時間ほど前のものにも関わらず、既に1000RTもされていた。レスの内容は片桐さんを叩くものがやはり多い。

半面、「どうしてこんな小物の不倫を取り上げるんだ?」と訝る声もそこそこある。これは、「片桐副市長を排除したい」という阪上市長の意向が強く働いているからなのだろうけど。


そして、幾つか疑問が生じた。まず、なぜ今片桐副市長の排除に動いたのか。

高崎ゲンを使って「スキャンダル」を暴こうとしたフシはある。ただ、それにしても早い。まるで早く片桐副市長を何とかしないといけないと焦っているかのようだ。


そしてもう一つ奇妙なのは、決定的な証拠の音声データのアップが夜だということだ。すぐにアップしなかったのはなぜだろう。


可能性としては、まだ「あるふれっど」の手元に音声ファイルがない。夜の職務時間が終わってから、阪上市長が送ろうとしているのだろうか。音声ファイルは市長室のPCに保存されていたから、それはあり得ないことじゃない。

もう一つあり得るのは、片桐副市長が泣きつくのを待っているということ。あるいは、夜の時間まで苦しませることそのものが目的なのかもしれない。どれも考えられることだ。


どれにせよ、生煮えの状態で阪上市長は動いたということになる。向こうは向こうで、何かが起きている。

そして、これはチャンスと言えばチャンスだ。夜までの時間で、阪上市長に何らかのダメージを与えられれば、決定的な破綻は防げる。もちろん、町田さんもそれは分かっているはずだ。


それができるかどうかは、僕らにかかっている。


「お待たせー……ってどうしたの難しい顔して」


「あ、いや、何でもないです」


メイクさんを連れて戻ってきた篠塚社長に、僕は笑って誤魔化した。


*


午後1時。時間きっかりに黒のセンチュリーはやってきた。


「やあやあ、お待たせしました」


阪上市長が、笑いながら後部ドアから現れた。実際に会うのは初めてだけど、日に焼けていて快活なスポーツマンという印象がある。ただ、その笑顔はどこか作り物めいていて、直感的に信用ならない人だと感じた。

それに続いて秘書らしき若い女性が、そして不機嫌そうな……というより落ち着かない様子の高崎ゲンが出てきた。


「響ちゃん!!」


僕の顔を見るなり、高崎が駆け寄ってきた。僕は思わず引きつった笑いを浮かべる。


「あ、ああ……こんにちは、です」


「いやー、君にまた会えるなんて嬉しいねぇ!!しかも化粧すると、何かこう……本当にいいわ。

今日の撮影は響ちゃんメインでやるんでしょ??これはテンション上がるわ」


「は、はあ」


阪上市長が近づくと、高崎がビクッとした様子になり一歩引いた。市長はにこやかに僕に手を差し出す。


「君がゲンの言ってた『響』さんだね。西部開発の派遣社員とは聞いていたけど、こんなかわいらしい子とは思わなかったな」


僕のことを知っている?心拍数が急激に早まるのが分かった。

確かに知っていてもおかしくはない。西部開発には、市長と繫がりがある人がいるとは聞いていたからだ。

ただ、僕が「市村響」であると知っているとすれば、状況はよくない。僕が本当は男だと分かっているなら、何かあると勘繰るだろうからだ。


「は、はい。はじめ。まして……響です」


内心の動揺を抑えながら、僕は阪上市長の手を握った。うんうん、とにこやかに市長が頷く。


「今日のナビゲートは君がやるということだったね。よろしく頼むよ」


「は、はい。よろしくお願いします……。あと、こちらがイルシア側の代表、シェイダ・シェルフィ魔術局局長です」


シェイダさんが後ろから現れる。


「ビル・プイキ・ディルマレル」


「『ようこそいらっしゃいました』と言ってます。動画撮影が終わったら、僕と彼女でご案内します」


市長は「そうかそうか」と上機嫌だ。なお、僕の翻訳はでたらめだ。シェイダさんは、本当は「尻尾を捕まえるわよ」と言っている。シルム語が通じないのは、こういう時にありがたい。


「で、私はどうすればいいのかな?動画撮影の現場見学なら、それはそれでいいが」


「少し、事務所でお待ちになってください。それほどお時間は取らせませんので。

何より、この炎天下だと熱中症になりかねませんので。クーラーの効いた部屋で、お休みになられては。シェイダさんも同行しますので」


「……まあ、それもそうだな。時間が来たら、また呼んでくれ」


そう言うと市長はつまらなさそうに踵を返した。彼に付いていくシェイダさんは一瞬振り向き、軽くウインクする。


ここまでは予定通り。シェイダさんにとって、足止めは簡単なことだ。


「情動操作」は人間の喜怒哀楽を操る魔法だ。洗脳とは厳密には違うらしいけど、かなりの程度、人間の感情をコントロールできるという。

例えば「楽」を極限まで振り切れば、リラックスから睡眠に落とすこともできる。まずはそうやって、市長を眠りにつかせるのだ。

そして、眠っている間に彼の記憶を読み取る。彼が隠している15年前の殺人事件の真相を摑めれば、それを元に市長の失脚を狙えるはずだ。


ジュリは暴力や脅しは嫌う。だけど、この考えを伝えたとき、警察に訴えることは全く反対しなかった。むしろ「是非協力させて」と言ってきたほどだ。

「善であろうとすること」に、ジュリはとてもこだわる。人を傷付けることはとても嫌がるけど、「悪を合法的に排除する」ことは望むところですらあるのだ。

記憶が読み取れ次第、彼女に「千里眼」で協力してもらう運びになっている。問題は、記憶を読み取れるまでどれだけ時間がかかるか、だ。


市長が事務所に入ると、高崎が深い溜め息をついた。


「本当に、何とかするんだろうな。町田はやれるはずだ、とか言ってたが」


「何かあったんですか」


コクン、と高崎が暗い表情で首を縦に振った。


「俺がここの場所を明かさないようにしたこと、すぐに動かなかったことがお気に召さなかったらしい。それと、片桐副市長のスキャンダル暴露をやらなかったことにも。

……かなり強く詰められたよ。今回の分け前を0-10にすることで一応決着は付いたが……あれは、俺の過去をばらすつもりかもな」


僕は周囲を見渡した。篠塚社長は撮影の準備で忙しそうにしている。誰にも聞かれないように、小声で答えた。



「15年前の殺人事件……『鈴木一家失踪事件』の共犯、ですか」



「……ああ。俺は、阪上先輩が手を下したのは見てない。ただ、大きなトランクを3つ、バンに積んで運んだのは間違いない。『何も聞くな』って言ってたし、俺もそうした。

それを捨てたのも俺じゃない。阪上先輩ともう2人、見たことがない奴だった。大体の場所は分かってる。C市の滝川峡谷。ただ、どこなのかまでは分からない。俺は見張りでずっと車にいたからな」


滝川峡谷は下まで降りようとするとかなり大変なはずだ。死体はトランクに入っていたとしても、それを3つ誰にもばれずに捨て、さらに15年間も死体が発見されないようにするのはどうやればできるのだろう。そこは、シェイダさんが暴いてくれることを祈るしかない。

それにしても、「鈴木一家失踪事件」は有名な未解決事件らしい。その犯人が平然と市長をやっているという事実は、本当ににわかに信じがたい。


「確認ですけど、警察には行かないんですね」


「行ったところで、先輩は俺が犯人だという情報を流すだろ。多分、ニセの証拠もでっち上げてる。あの人は、そういう人だ」


「だから、ずっと従ってきたんですね」


大きく高崎が溜め息をついた。


「……ま、そんなとこだ。いい思いも散々させてもらったから、恩も相当あるんだけどな」


篠塚社長が「準備できたわよー」と声をかけてきた。高崎は一瞬にして表情を変え、「オッケー」と笑顔になる。この切り替えは、本当にプロだ。

僕も動かないといけない。パンと顔を軽く張り、「今行きます」と答えた。


*


動画撮影そのものは順調に進んだ。住民紹介は僕とラピノが切り替わる形でやった。

ガラルドさんは『何で俺も出るんだよ』と酷く不機嫌そうだったけど、角が生えた彼のように「見るからに人外の住民」は彼含めてそう多くはないから仕方ない。イルシアが本当に「異世界」から転移しているのを納得させるには重要なことだ。


そして予想外だったのが高崎だ。暴走気味にいつものノリでやるのかと思ったら普通のリポーターのように僕に絡んできたのだ。

それだけじゃない。事前に準備していたらしいバーベキューセットを使い、それを使って焼きそばを振る舞い始めたのには驚いた。

どうもこれは町田さんのアドバイスらしい。確かに、イルシアの人たちの食事情はよくないとは聞いていたけど。彼らとの友好ムードを作るのにこれはかなり効果的だった。


一通り終わると、篠塚社長が「よしっ!!」と手を叩いた。


「お疲れさまー。これで一通り撮影は終わりね、いいのができそうだわー。編集やって今日の深夜にアップするね。高崎の方は別にやるんでしょ?変な編集しないように、一応目だけは通させてもらうわよ」


「ああ。そこは分かってる」


ふうと高崎が息をついた。どこか憑き物が取れたような、すっきりした表情になっている。


「お疲れ様でした」


「響ちゃんもお疲れ。というか、猫になる魔法見た時には仰天したわ。俺でも魔法使いになれるんかな」


「いや、ちょっとこれには色々事情が……それにしても、料理美味しかったです。びっくりしました」


「ハハハ」と、高崎が少し寂しそうに笑った。


「……本当は、料理人になりたかったんだよ。でも、まあ知っての通り色々あってな。人の粗を探して暴く商売しかできなかった。

やっと、俺がやりたいことが少しできた気がするよ。これが最後だろうけどな」


「……え」


「阪上先輩が捕まったら、俺も自首するつもりだ。やらされたこととはいえ、責任は取らなきゃな」


僕は何か言おうとして、言葉が出なかった。僕の頭を、ぽんと高崎が叩く。


「ま、ようやく本気で惚れた女ができた時にこれってのもついてねえけどな」


「……僕のどこに、そんなに惚れる要素が」


「まあ顔だな。だけど、ここのために一生懸命に動いてるのは、今日よく分かったよ。誰かのために動けるのが若さだってんなら、俺にはもうそんなものはないのかもしれないが……何というか、羨ましいよ」


そう言うと、微笑みながらもう一度ポンポンと頭を叩く。


「さて……阪上先輩のところに行かなきゃな。軽く案内するんだろ?撮影開始から大分時間が経ってるから、苛ついてそうだが」


「……そうですね」


事務所に入ると、阪上市長はすうすうと寝入っている。秘書もシェイダさんによって眠らされたようだ。

ただ、シェイダさんの表情が険しい。何かあったのだろうか。会話内容を悟られないよう、シムル語で僕は訊く。


『どうしたんですか』


『……ちょっと、マズいわね』


『時間がまだかかりそう、ということですか』


フルフルとシェイダさんが首を振る。


『魔法のかかりが鈍い。薄々気付いてたけど、この世界の人は魔法に対する親和性がまちまちなの。

君みたいに魔法使いとしての資質が十分な子もいれば、念話も通じない人もいる。そして、このサカガミは後者……しかも、特に親和性がない』


『つまり、魔法が効きにくい、と?』


『そういうこと。さすがに接触しているから、最低限の感情操作はできたわ。

でも、記憶を遡って調べようにも、かなり時間がかかると思う。少なくとも、数日間は一緒にいないと……』


それは全く現実的じゃない。計画が根本から崩れている現状に、僕の血の気は一気に引いた。


『何か、別の手はないんですか!?』


『……難しいわね。正直、ここまで魔法が効きにくいとは思わなかった。自殺させるところまで感情を振り切らせるのも、多分厳しいわ。

それに、もう私もかなり限界。せめて、何かの手掛かりがあるといいのだけど……』



……手掛かり……ひょっとして、これなら行けるのでは。



『特定の場所の記憶、を探ることはできますか』


『場所?……普通に遡るよりは、多分全然楽だけど』


『今から言う場所の記憶を、探ってもらえますか。C市滝川峡谷、です』



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