幕間4-2
「い、市村響、です。はじめ、まして……」
「……ほええ……マッチ-から話は聞いてたけど。君、本当に男の子、なの?」
僕の姿を見た篠塚社長が目を丸くした。そんなに驚くほどなんだろうか。
「は、はい。一時的に、女の子になってるだけ、ですけど……」
「いやいやいや、魔法ってそんなこともできるのねえ。しかしこれは、余程元が良くなかったらダメねえ。
しかも今ノーメイクでしょ?ノアちゃんが体調不良と聞いて心配したけど、確かにこれはイケるわ。ちょっと地味目なのも、キレイ系のノアちゃんとうまく差別化できそう」
うんうん、と篠塚社長は頷く。
「あ……で、僕は何をすれば」
ポン、と事務所の机に台本が置かれた。
「粗々マッチ-から話が行ってるかもだけど、基本的にはここの紹介ね。どんな建物があって、どんな人がいるか。できれば、魔法みたいなものを見せてもらえるといいわね。
あと、高崎ゲンとのコラボは別撮り。『潜入!イルシア国』と題して、市村君……さん?が彼をナビゲートするような感じ。内容は彼に一応任せてるけど、危ない内容になったら止めてね。そこはマッチ-からくれぐれも、と言われてる」
パラパラと台本をめくる。僕が素人ということもあるのだろうけど、そんなに難しい指示はない。というか、大半がアドリブみたいな感じだ。
「これ、大丈夫なんですか?」
「んー……ノアちゃんが出ない時点である程度クオリティは下げなくちゃいけなくなったからね。それに、よく知らないけど本命は高崎ゲンと一緒に来る、C市の市長なんでしょ?
恭ちゃんからちらっと聞いたけど、相当ヤバい奴みたいじゃない。高崎ゲンの黒幕がそいつって、さすがにビックリしたわあ」
「そこは別途、何とかするつもりです。今回の動画撮影は、あくまで口実」
「まーね。でも、個人的にはやるからにはちゃんとしたかったのよね。ノアちゃんがいれば、簡単な魔法とか使わせてみたりで信憑性を高められたんだけど」
「魔法……僕も使えますよ」
「……は??いやいや、だって君、日本人でしょ??」
僕は精神を集中した。身体が上へと引っ張られていく感じがする。そして、数秒後。
ポンッ
「……え???」
「こんな感じですニャ」
僕の視界が大きく下へと下がる。このままだと会話にならないので、僕はぴょいっと机の上へと登った。
「ね……猫!!?猫になっちゃった、しかも喋るの??」
「はは……ちょっとした『魔法』ですニャ」
どうにも語尾に「ニャ」が付いてしまうのは、ラピノのせいだろうか。というか、僕の精神が彼女と混ざり合ってしまっているから、それも当然なのかもしれない。
そう。ジュリがやったのは「融合」。僕の身体をベースにラピノの「魂」を一部融合させ、自由に身体を入れ替えられるようにする、というものだ。
ラピノの「本体」は、ジュリの部屋にある。こうやって猫になる時だけ、「転移装置」で身体を入れ替えるという仕組み、らしい。
にしても、それを見た時には正直驚いた。剣と魔法の世界には不釣り合いな、仰々しい機械とカプセルがあったからだ。ジュリ曰く、『偵察用のものらしいけど、これがいつ作られたかはボクにも分からない』だそうだ。
ただ、どう使えばいいかは分かるらしく、魔法自体は拍子抜けするほどあっさりと成功した。というか、これが本当に魔法なのかすら、僕には分からないのだけど。
分かっていることは、僕の意思一つでラピノの身体になれること。そしてその制限時間は、大体夜ぐらいまでということだ。
ラピノの身体になれるメリットは複数ある。まず、こうやって僕も「魔法使い」であるように見せることができる、ということ。
そして、猫になることで阪上市長に警戒されず色々な行動ができること、だ。そのためには、阪上市長が僕=ラピノであると気付かれないように動かないといけないのだけど。
それにしても、こんな突拍子もないことをよく考えつくな……本で読んだギリシャ神話の神様も大概に気まぐれだったけど、「神族」たるジュリの思考も僕には読めない。
とにかく一つ言えるのは、ラピノになったことで篠塚社長が仰天している、ということだ。彼女は興奮を隠さず、大声で叫ぶ。
「いやいやいや、ちょっと!?こんなの聞いてないわよ!!?現代日本に、魔法使いが実は存在してたなんて!!?というか、これはマッチ-とかも知ってるの??」
「あー……知らないですニャ。というか、僕もこれ、さっき初めて使ったばかりですニャ。詳しい話をすると長くなるので、とりあえずそういうものと思ってもらえばいいですニャ。
あと、使える魔法はこれだけですニャ。その点よろしくお願いしますニャ」
「いや、ちょっとこれは話変わってくるわねえ……なるほど、行けそうな気がしてきた。すぐに人間に戻れる?メイクさん呼んでくるから」
「はいですニャ」
もう一度意識を集中すると、すぐに元の身体に戻った。
(猫の時は私にも身体の支配権を譲って欲しいニャ。そっちの方が身体の動かし方とか慣れてるニャン)
脳内でラピノの声がする。僕は(分かった、考えておくよ)と答えた。にしても、2人……というか1人と1匹分の精神が同居しているというのも、かなり変な感じだ。
スマホが震えたのに気付く。町田さんからだ。
「すまん。今大丈夫か」
「ええ。ノアさんの調子、どうですか」
「朝よりは良くはなっている。ただ、まだまだ十分じゃないな。熱はまだあるし、身体を動かすのも少ししんどそうだ。明日、明後日まではかかると思う。
そっちはどうだ?ちょうど、準備中ぐらいの頃合いだと思うが」
「ええ。そこは問題なく。どうしたんですか、急に」
数秒の沈黙が流れる。何か、嫌な予感がした。
「……ツイッター上で、C市の片桐副市長が炎上し始めてる。早く何とかしないと、かなりまずい」
「それ、どういうことです」
いつも冷静な町田さんの声が、明らかに焦っている。事態が切迫していることは、僕でも分かった。
「あとでアドレスを送る。ネタ元は阪上だと思うが、このままだと取り返しの付かないことにもなりかねない。
少なくとも、C市で阪上の暴走を止められる人物は誰もいなくなる。一刻も早く、あいつをなんとかしないと」
「ま、町田さんは、どうするんですかっ」
「俺はここを動けないが、できるだけのことはする。古い友人の人生もかかってる、頼むっ」
そう言うと電話は切れた。すぐにLINEに町田さんからアドレスだけのメッセージが送られてくる。
それを開くと、有名なインフルエンサーのツイートがあった。確か、高崎ゲンとも付き合いのあった奴だ。
そこにあったのは、こんな文面だった。
「RT拡散希望。C市副市長の片桐誠一、植物状態の妻を放置して不倫!!溺れたのは20代部下の肉体!!続報は証拠の音声ファイルとともに本日21時アップ、必見!!」




