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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
幕間4「派遣社員・市村響と御柱ジュリ・オ・イルシアその4」
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幕間4-1


「はい。……はい。分かりました」


僕は町田さんとの通話を切った。やはり、ノアさんの体調は優れないらしい。

意識も戻り多少は熱も下がったらしいけど、回復までにはもう少しかかるとのことだった。町田さんも、しばらくは彼女の看病で動けないとのことだ。


「僕が、やるしかないのか」


軽い溜め息と共に呟く。時刻は朝の7時。時間から逆算すると、そろそろ家を出ないといけない。

急いで着替えて部屋を出ようとすると、起きたばかりの母さんにばったり出くわした。


「響、もう出るの?」


「ああ、うん」


「派遣でそんなに早いなんて、聞いたことがないけど」


そう吐き捨てると、興味なさそうに階段を降りる。父さんは夏休みで、まだ部屋で寝ているようだ。


父さんも母さんも、僕にはあまり興味がない。優秀で社交的な姉さんがいれば、それで十分のようだ。そのことには正直嫌な思いしかこれまでなかったけど、今はそれがありがたい。



僕が数千万人の人の目に晒されると知ったら、どんな顔をするだろう。



想像したらおかしくなって、軽く笑いが漏れた。まあ、動画を見たところで、僕と気付かないかもしれないけど。



そう。僕は今日、ノアさんの代役で「イルシアチャンネル」に出る。そして、高崎ゲンとのコラボ企画にも。



もちろん、このまま「市村響」として出るわけじゃない。ジュリに性転換魔法をかけてもらい、「イルシア国民・ビッキー」として出るのだ。

僕は見習いとはいえジュリの「主御柱付き」だから、イルシアの一員であることは間違いない。イルシアの内部と人々を紹介するなら、日本語もシムル語も喋れる僕が適任、というわけだ。


葛藤がなかったわけじゃない。僕程度の人間が、こんなにしゃしゃり出ていいのか。自分の顔を不特定多数にさらしながら、ちゃんと話せるのか。何より、滑ったらどうするのか。

男性としてではなく「女性」として出るのも相当勇気が要った。高崎ゲンは僕の外見を随分気に入っていたようだけど、そこまで人様に褒められる容姿なのだろうか。男性としての僕は全くモテたことがないだけに、今でも信じがたい。


ただ、考えれば考えるほど、これしか選択肢がない。それに阪上市長を今日東園に呼ぶことは、イルシアの、そしてジュリの平穏のためには絶対に必要だ。

市長が何を考えているかは未だによく分からない。しかし、イルシアの存在を極力早く公にしようとしていることと、そしてそれを利用してのし上がろうとしていることだけは疑いない。

それは強硬派のガラルドさんたちの強い反発と衝突を招くだろう。そしてそれが何を意味するかは、考えたくもなかった。


町田さんの計画は、昨晩の長文LINEで知っていた。阪上市長は、過去に重大犯罪を犯している可能性が高いらしい。その証拠を、シェイダさんに摑ませる。

そして、それを警察と東日新聞社の記者に渡す。市長さえ排除できれば、イルシアを脅かす存在はシムルの帝国と、日本政府の一部だけということになる。

どっちも相当に厄介みたいだけど、とりあえず切迫した脅威は阪上市長だ。まずはここを何とかしないといけない。


僕はパンと、顔を手で叩いた。気合いを入れろ。


衣装の入ったバッグを持つと、階段を駆け下りて玄関を出た。駐車場のスイフトに飛び乗ろうとすると、その前に白猫がいる。野良猫だろうか。


「ごめん、ちょっとどいてくれないか」


『私も連れてってニャ』


思わず飛び退く。シムル語で喋った!!?しかも、後ろ足で立っている……


「は、はあ!!?」


『だから、私も連れていけって言ってるニャ。ご主人の魔力が弱くなっちゃって、ちょっと困ってたニャ。代わりに『ご飯』くれそうな人がいないかと思ったら、ヒビキを思いついたニャ。だから来たニャ』


『ご、ご主人??』


『あー、ヒビキは知らなかったニャ。私はラピノニャ。1級魔導師ノア・アルシエルの使い魔ニャン。この周辺の見回りを任されてるニャ』


白猫は得意げに胸を反らす。ノアさんの使い魔……そんなのがいたのか。


『いや、そもそも僕は何をすればいいわけ?それに、ご飯って……』


『ちょこっとだけ血をくれればいいニャ。御柱様が惚れ込むほどみたいだから、相当良質の魔力があると踏んだニャ。少し噛むから、我慢してニャ』


『噛むって……魔力取らないと、どうなるんだよ』


『普通の猫に戻っちゃうニャ。せっかくここのマナの薄さにも慣れて、こうやって話もできるようになったのにニャ。とにかく、お腹ペコペコニャ』


そう言うとラピノと名乗る猫は、二足歩行で僕の方に近寄ってきた。


『指でいいニャ。チクッとするだけニャ』


『本当かなあ……』


人さし指を差し出すと、カプっとラピノがそこに噛みついた。牙は鋭く、思ったより痛い。

数秒ほどすると、猫はパッと僕から飛び退いた。


『何ニャこれ!!?美味いニャ!!!とんでもなく美味いニャ!!』


そう言うと、ラピノはブルブルっと身体を震わせる。そこまで感動するものなのだろうか。


『は、はあ』


『ご主人には悪いけど、乗り換えを検討したくなるほどニャ。まあ、それはできないんだけどニャ。とにかくここに来たのは正解だったニャア』


『……そもそも、どうやって僕の家を知ったんだよ』


家の窓から、母さんが訝しげに僕の方を見てるのに気付いた。猫に話しかける男なんて、どう見ても異常者にしか見えない。僕は慌ててスイフトにラピノを押し込んだ。


『そりゃ魔力を辿れば分かるニャ。御柱様が一度ここに来られたから、その『残り香』を辿ったニャ。ちょっと早く着きすぎたと思ったけど、結果ちょうど良かったニャ』


『猫が犬みたいに鼻が利くなんて聞いたことないけど』


『魔力を辿ったって言ったニャ?人より猫の感覚は鋭敏なのニャ』


ふんす、と得意げにラピノは鼻を鳴らす。僕はエンジンをかけて、ゆっくりとアクセルを踏んだ。こんな所で猫と話している時間的余裕なんて本当はないのだ。


『ニャ、ニャアッ!!?動いたニャ、この鉄の箱動いたニャ!!』


『そういうものなんだよ……というか、今日何があるか知ってるの?』


『見回りで色々聞いてるから、ある程度は知ってるニャ。この地域の領主が来るらしいニャ?』


『それは半分は当たり。本命はもっと別の所にある』


『ああ、シェイダ姉さんのことかニャ』


『……そこまで知ってたの?』


ニイ、とラピノは猫にあるまじき笑顔を作った。


『ご主人の知識や感覚はある程度共有してるのニャ。さすがに、魔力切れ起こしかけた昨日のお昼からはよく分からないけどニャ。私も何かお手伝いしたいと思ってたニャ』


お手伝い、か。ラピノが猫であるのを使って、何かできないものだろうか。


考えている間に、あっという間にイルシア王宮の前に着いた。事務所はもちろん開いていない。というか、ここの取り扱いは「当面協議中」ということで、僕以外は昨日から来なくなっている。

強硬手段に出るかどうかは、西部開発の一部と繫がっている阪上市長の胸先三寸。その意味でも、今日は大事な日なわけだ。


『ニャ、っと。なかなか面白い乗り物だったニャ。で、朝早くどうするニャ?』


『これからジュリ……御柱様に会わなきゃいけないんだ。ラピノとはここまで』


『御柱様と会うニャ!!?私も会いたいニャ!!一回も会ったことないのニャ!!』


『え、ええ……ま、いっか。ジュリならきっとOKしてくれるだろうし』


王宮に入り、例の分厚い扉の前に来る。扉は外からしか開かないように魔法の鍵がかかっているけど、「主御柱付き」だけは自由に開けられるようになっているのだと前にジュリが言っていた。実際手をかざすと、扉はギィとあっさりと開く。

光る廊下を抜けて奥の部屋のドアを開くと、ジュリが「ヒビキ!!」と抱きついてきた。


「や、やあ」


『来るのは分かってたよー。女の子になるんだよね、ね?』


「え、何で知って……ああ、これか」


水晶玉には、僕の視界が映っている。どうも、ジュリはずっとこれで僕を見ていたらしい。

僕は、はあと溜め息をついた。さすがに、あれから人に見られて恥ずかしいことはしていないけど、もっと僕のプライベートを考えて欲しいな……。


そんな僕の気持ちをよそに、ジュリはうんうんと上機嫌だ。


『ノアが動けないから代役って、ヒビキも思い切ったねー。ボクも大賛成だよ。……あ、その猫、ノアの使い魔だよね』


『は、はじめましてですニャ!ラピノといいますニャ!!』


『はは、そんなかしこまらなくていいよー。ボクはジュリ。よろしくね。で、役に立ちたいんだっけ』


『ニャ!!何かできますかニャ!?』


うーん、とジュリが思案顔になる。そして、数秒後『そうだ!!』と指を鳴らした。


『ニャ!?』


『ラピノはヒビキの魔力を取り込んだんだよね?しかも、血から』


『ニャ。それがどうかしましたかニャ?』


『ちょっと、試してみたいことがあるんだ。ヒビキとラピノの魔力に繫がりができている今なら、できるかもしれない』


僕は首をひねった。


「試してみたいこと?」


『そ。ヒビキを魔法使いにして、なおかつサカガミの悪事も暴きやすくなる。この世界の言葉で言えば、『イッセキニチョウ』かな』


「……僕を魔法使いにする?」


ニコリ、とジュリが笑う。


『うん!とりあえず、奥の部屋にラピノと来てよ。全部終わったら、すぐに分かるからさ』


「だから何をしようってのさ」


『あー、説明しなきゃだね。要は、ヒビキがラピノになれるようにするの』


「……は??」


『……ニャ??』


ジュリは『早くしないと繫がりが薄くなるよ』と僕らを急かせた。一体、何をしようというのだろう?



この判断が、数時間後効いてくるとは、僕は想像だにしなかった。




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