12-5
『……結構な重症ね』
シェイダが溜め息をついて言った。
ノアは静かに寝息を立てている。熱は多少引いたが、まだかなりありそうだった。
「そこまでなのか」
『多分、魔力補給が少し遅れてたら確実に死んでたわね。『転移』を使ったからというのもあるけど、それだけじゃこうはならない。他に何かあったんじゃない?』
俺はシェイダとゴイルに、六本木であったことを説明した。普段から冷静なゴイルの表情が、微かに険しくなる。
『……メリアに息子がいた、というところまではいい。しかし、この世界の人間との子に、そこまでの膨大な魔力が何故?』
『私も分かりません。ただ、祖父が『大魔卿』ギルファス・アルフィードなら、あるいは。魔法自体は、メリアが教えればいいだけのことですから』
ゴイルが首を横に振った。
『にしても、だ。こんな攻撃的な魔法を子供に教えるというのも解せぬ。まだ何か、意図が隠されているような気がする』
『……同感ですね。トモ、タマダという男は今どこに?』
「事務所で休憩中だ。しばらく、こっちで匿ってやるつもりだ。宿代ぐらいは、俺が出す」
『ちょっと後で彼にも話を訊きたいところね。まあ、ノアがこんなになった理由は分かった。
一度心臓を止められて、それで無理して治癒魔法使って、さらに『転移』。……魔力枯渇になるのを承知で、トモたちを救うつもりでやったのね、この子』
俺は唇を噛んだ。確かに、あれ以外方法はなかった。
しかし、ノアが死を覚悟で魔法を使っていたなんて……申し訳なさと感謝で、久しく流したことがなかった涙が瞼に広がるのを感じた。
「……すまない」
『謝ることじゃないわ。それに、トモの処置は適切だった。岩塩のおかげで、とりあえず死ぬことはもうないわ。あとは、時間をかけて体力を戻すだけ。
ただ、そうなると明日の計画は見直しかもねえ……。ノアは、明日は確実に無理でしょ。ノア抜きでできるものなの?』
「昨日も言ったが、撮影の要はシェイダだ。ただ、その口実としての動画撮影は、ノア抜きでやらなきゃいけない。これから篠塚社長とも話すが、成立するかどうか……」
『よねえ。ただ、これを延期するとサカガミが何か良からぬことをやってくる予感があるのよ。ランカさんやノアほどじゃないけど、そういう勘みたいなのは私も持ってるから』
俺は頷いた。明日の視察を延期すれば、阪上は間違いなくその背景に何かあると訝るだろう。その結果、暴発するリスクは十二分にある。
とはいえ、ノアを無理して動かすことはできない。しばらくは自宅で療養してもらうしかない。
プランBが必要だ。イルシアを紹介できて、日本語がある程度話せる人物がいれば、ノアがいなくても動画撮影は実行できる。だが、そんな人物は……
……いる。一応、2人も。
もっとも、一人目……ジュリは現実的ではない。彼女が外に出るということは、イルシアの国民にとって相当な波紋を引き起こしかねない。
そうなるともう一人……市村か。ただ、彼には悪いが動画映えはしないだろう。「イルシアチャンネル」があそこまでの話題になったのは、やはりノアのルックスがあってのことだ。
それを承知でやるべきか。あくまで、動画撮影は阪上を「釣る」ための口実に過ぎない。とすれば、動画の再生回数などは二の次でいい。問題は、それで仕事には厳しい篠塚社長が納得するか、だが。
「ちょっと、考えがある。基本、明日は決行ということで頼む」
『分かった。でも、トモも動けないんじゃない?』
「……あ」
シェイダが厳しい目で俺を見る。
『ノアは死ぬことはないけど、それでも看病は必要だと思うわよ。一人で放っておくつもりなわけ?
あの子、あれで意外と寂しがり屋だし。何より、あの子の気持ちは知ってるでしょ?』
……そうか、俺も動けないのか。そのことを、すっかり考えていなかった。
「全部自分1人でやりたがる」のは、俺の悪い癖だ。結局、他人を本当の意味で信頼できていないのだと思う。
ただ、今回の計画は俺の発案だ。阪上が何かやらかそうとした時、上手く止められる人間が要る。俺以外で、それができる人間がいるだろうか。
そんな俺の迷いを見透かしたように、シェイダが苦笑した。
『大丈夫。こっちにも色々考えはあるから。トモはノアをしっかり看てあげて。それが、今の君の役目』
「……分かった。すまない」
『いいのよお。とりあえず、家に帰ってゆっくりと休んで。トモもろくに休んでないでしょ?』
「……それもそうだな」
俺はノアを抱え、一礼して部屋を出る。王宮を出ると、アクアの後部座席に彼女を横たえ、カーエアコンを付けた。このまま帰ってもいいが、先に市村に明日の話をしなければならない。
「あ、町田さん」
事務所に入ると、市村がぺこりと一礼した。同僚の正社員は、今日は来ていないらしい。
「玉田は?」
「僕の車で、一度コンビニに。遅めのお昼ご飯だそうです」
「そうか。戻ったらこれを渡してくれ。宿代だ」
1万円札をテーブルに置く。
「そっちの方は変わりないか」
「いやあ……高崎ゲンからのLINEがしつこくって。これ、本当のことを教えたらどうなっちゃうんですかね……」
渋い顔で市村が言う。別に無視すればいいだけのことだと思うのだが、市村はどうも律義に相手をしてしまっているようだった。
「まあ、その必要もないだろ。で、ちょっと頼み事があるんだが」
俺は今日あったことと、明日の話をかいつまんで説明する。一通り終わると、市村が「うーん」と唸った。
「……大丈夫か?あくまで、本丸はシェイダの方なんだが」
「え、ええ。まあ。……ちょっと、僕に考えがあるんですけど」
「……考え?」
「は、はい。それは……」
市村の提案は、やや驚くべきものだった。確かに、これなら動画の方もある程度注目されるだろう。それにしても、彼がこんな思い切ったことをするとは。正直思わなかった。
「君は、それでいいのか?」
「え、ええ。僕も怖いですけど……多分、これが一番いいんだと思います。
町田さんは、ノアさんとゆっくり休んでください。僕たちが何とかしますんで」
「……分かった。頼む」




