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『……何や、あんたか』
シェイダとラヴァリがいる会議室に入ると、ラヴァリが心底うんざりした表情で俺を見た。部屋にはシェイダとシーステイア、それにゴイルがいる。
シェイダがラヴァリにしなだれかかるようしていて、まるでここがキャバクラか何かのような錯覚すら覚えた。
「何だこれは」
『あー、私流の尋問術。こうやって肌を接触させることで、記憶をより深く読み取れるってわけ。補助はシーステイアにやってもらってるわ』
『……それ、男日照りの母様がそうしたいだけでは?』
『は、はは、そんなわけないじゃない』
引きつった笑いを浮かべるシェイダに、シーステイアは首を振った。ラヴァリは大きく溜め息をつく。
『いやな、こんな美人がすぐ近くにいるのはほんまならごっつ嬉しいわ。でもな、向かいに無表情のおっさんおるし、油断したら精神弄られるらしいし、マジで洒落にならんわ……』
「シェイダ、あまり無茶なことはしないでくれよ」
『もちろん、そのつもり。というか、大体読み終わったからもう大丈夫よ』
シェイダはぱっとラヴァリから離れた。ゴイルが小さく首を縦に振る。
『ご苦労。……にしても、恐ろしく厄介だな。『死病』というものは』
『全くね……悪意を煮詰めて煎じたらあんな病気ができるのかしら』
「……ちょっと話が読めないんだが」
俺の問いに、シェイダが真顔になる。
『ラヴァリに訊いてたのは、主に『死病』について。物凄くたちの悪い病気よ。
確かに人から人には感染しない。でも、『死体』から人には感染する。それだけじゃない。感染者の一部は正気を失い、『復讐者』と呼ばれる怪物になる。そして、それによって殺された人は感染源になり、さらに感染域を広げるってわけ』
『……俺も『復讐者』には会ったことある。1人殺すだけで10人ぐらい死んだわ。俺はひたすら遠距離から『ゴンドリカム』を振ってたから感染せずに済んだけど、あれは洒落にならん』
ラヴァリはその時のことを思い出したのか、身体をガクガクと震わせた。シェイダが『よしよし』と頭を撫でると、少し落ち着いたのか『……あんがと』と呟く。多分、微妙に「情動操作」を使ったのだろう。
「しかしなぜ、『死病』の話を」
『こっちに来るらしい『ペルジュード』の奴らに、感染者がいないという保証はないからね。……あと、ラヴァリの推察だけど、帝国がウィルコニアと御柱様を狙ってた理由も少し分かった』
ゴイルが大きく頷いた。
『……『死病』の撲滅と、国土の浄化、か』
沈黙が部屋を包んだ。「それならば協力してあげるべきだったのでは」と口にしようとして、俺はやめた。
イルシアと帝国との間に、信頼関係はない。人道的見地からの国際協力はこの世界だと敵対国でも行われることがあるが、それでも度が過ぎればそれすら不可能になる。
シェイダが俺の方を見て、小さく首を振った。
『……まあ、トモが言いたいことは分かるわよ。でも、それは無理。何とかしてあげたい気持ちはあるけど、現状じゃどうしようもできない』
『そうだな。よしんば『大転移』を行わなかったとしても、その願いを叶えるには今の御柱様では力不足だった。先代様がご存命であっても難しいかも知れぬ』
『じゃあどないすればええっちゅうねん!!』
ラヴァリが叫ぶ。シェイダが『少し眠りなさいな』ともう一度頭を撫でると、すうっと彼は寝入った。
『……それは私たちも同じよ。どうしようもないじゃん……』
『……あるいは、ランカはこの世界にその解があると思っているのかもしれんな。だからこそ、『大転移』を促した』
『……そうかもね。あの人なら、そういう結論に達していたかも。……ごめん、こっちの話が長引いちゃって。で、トモは何の用でここに?』
「実は……」
俺は阪上の件と、現状における俺のアイデアを伝えた。シェイダは『なるほどねえ』と唸る。
『それは確かに野放しにしちゃいけない奴ねえ……シムルにも色々極悪人はいるけど、なかなかの部類よ』
「頼まれてくれるか?」
『15年前の記憶を探って、どこに何があるかという証拠を押さえて、となるとそれなりに面倒ね。でもやるわ』
ニコリと笑うシェイダに、俺は「ありがとう」と頭を下げた。意に沿わないこともしなければならないかもしれないのに、本当に頭が下がる。
「それじゃ、計画の実行開始は明後日で頼む」
『了解。まずは明日、メリアに会うことだけどね』
俺は頷いた。この計画にはシェイダにとっても、そしてイルシアにとっても、それなりのリスクがある。それでも、阪上を市長の座から引きずり落とし、然るべき裁きを受けさせるには必要なことだ。
俺は高崎の言葉を思い返していた。奴の言葉が本当だとするなら……阪上はただの愚鈍で邪悪な男ではなく、もっとおぞましい人物ということになる。
阪上は15年前、殺人事件を起こしている。それも、一家3人を。




