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『俺を売らんよな』
助手席に座ったラヴァリが、心配そうに訊いてきた。これで5回目だ。
『そんなことをするつもりはない。人殺しに加担なんて、真っ平ごめんだ』
『ほんまやな、信じるからな』
ラヴァリは随分と落ち着かない様子だ。色々聞き出したいところなのだが、ノアがいた方が話はスムーズに進む。そして、当のノアはまだ後部座席で夢の中だ。
今日は魔法を使わせすぎた。特に、加減していたとはいえ2人の男を拘束し続けていた「圧波」という魔法は、かなりの負担を強いるものであったらしい。
「すまなかったな」
チラリと後ろを振り返り、ノアに小声で謝る。
車は三芳PAに近づいていた。ノアに何か美味いものでも買ってやろう。そもそも、俺自身も昼は食べていない。
時間は午後2時半を回っていた。この分だとC市に着くのは4時前になるだろうから、予定より遅れている。
向こうは大丈夫だろうか。俺たちが着くまでの時間稼ぎをするにしても、予定より1時間近く引き延ばさないといけない。
市村だけでは、それはほぼ不可能に思えた。心に焦りが広がるのを、俺は必死に抑え込む。
『何や……これ』
PAに入ると、ラヴァリが驚きとも畏れともつかない声をあげた。車がたくさん停車しているのに驚いているらしい。
『ここは休憩場所だ。腹も減っただろ、何か買ってくるからそこで待っていてくれ』
車を降りると、ショートメッセージが1件、それと不在着信が1件入っているのに気付いた。ショートメッセージの方は玉田からだ。
メッセージには「メリアに会わせる時間は調整する、多分午後イチだ。詳細は追って連絡する」とある。
柳田も同席するのだろうか。あっちは官房副長官としての職務がある。来てくれればありがたいが、そう期待しない方がいいかもしれない。
不在着信は……市村からだ。15分ほど前にかかっていたらしいが、車の運転に気を取られ気付かなかったようだ。ぞわっと胸騒ぎがして、急いでコールバックする。
「もしもし、町田だ」
「あ、町田さんですか。すみません、電話しちゃって。そちらは大丈夫ですか」
思いのほか落ち着いた声色に、俺は安堵した。それより、微妙に声のトーンが高い。元々声は高かったが、電話だとほぼ女性のそれにしか聞こえないな。
「ああ、一悶着はあったが、一応ラヴァリはそっちに連れてこれることになった。そっちは高崎ゲンと接触できたか?」
「あー、それがですね……今、一緒にイルシアにいるんですよ」
「……は?」
「あ、心配されるようなことはないですから安心して下さい。とりあえず、町田さんとノアさん待ちです。彼、僕たちに協力してくれることになりまして」
「……マジか」
これはいい意味での想定外だ。篠塚社長の言葉からして、高崎はかなりの危険人物と見ていたが。そう簡単に抱き込めるものなのだろうか。
「ええ。むしろ問題なのは阪上です。あっちの方が、遥かにたちが悪そうです。詳しい話はこっちに着いてからでいいですか?かなり長くなりそうなので」
「分かった。少しそっちで待っててくれ」
高崎ゲンをこちら側に引き込むとは、どんな背景があったのだろう。かなり気になるが、とりあえず今は穏便に事が進んでいることを喜ぼう。
スタバでブドウのフラペチーノを3つ、それとデニッシュ系のパンを幾つか買い、俺は車に戻る。後部座席では『むう……』とノアが身体を起こしていた。
『トモ……ここどこ?』
「C市に戻る途中の休憩場所だ。腹減っただろ、昼飯代わりだ」
『……これ飲み物なの?』
フラペチーノを手に取り、不思議そうにノアが言う。ラヴァリも『けったいなもんやなあ』と訝しげだ。
「とりあえずストローで吸ってくれればいい。まあ、甘すぎるかもしれないが」
『甘いのこれ。……んんっ!!?プイエッ!!エラルの実みたいな味がする!!』
フラペチーノを飲んだノアの顔が一気にほころんだ。ラヴァリも『ほええ』と声を上げる。
『この前までいたところの飯はぶっちゃけそんなうまなかったが、これはいいな!というか、こんな甘いもんはかなり高いんちゃうか?』
『正直割高だが、目の飛び出る高級品じゃないな。この世界なら、割とありふれたものだよ』
『そんなもんなんか……このパンも、まあまあ美味いな』
ミートパイをかじりながらラヴァリが言う。ノアも満足げに頷く。
『この世界のご飯はシムルとは比べものにならないぐらいに美味しいのよ。塩と砂糖が、ここじゃ簡単に手に入るからみたいだけど』
『そないなんか!?これより美味いもんも、やっぱあるんか』
『もちろん!この前食べた……カキゴオリ、だっけ?ただの氷なのに、それだけで美味しいの!!あんたもビックリするわよ』
『そ、そうなんか』
後部座席から顔を出し、前のめりに言うノアにラヴァリは引き気味だ。その様子がおかしくて、俺は少し笑う。やっと少し、人心地が付いた感じだ。
俺もミートパイとデニッシュを腹に収め、車をC市へと向かわせる。
「ノア、体調はどうだ?」
『少しは戻ったかな。というか、あたしが寝てる間何があったの?この前イテヤと行ったお店に連れてかれたところまでは覚えてるけど』
俺は運転しながら、玉田とのやりとりを簡単に説明した。ノアは『それ本当なの?』と目を丸くしている。
「一応、明日午後に六本木ヒルズに行くことになりそうだ。とはいえ、メリアってのがどんな奴か分からないから、警戒は解けないが……。ラヴァリは会ったことがあるのか?」
『俺もあらへん。ただ、極めて重要なお立場の方や』
『それはどういう』
一瞬言いよどんだ後、『もう言ってもええやろ、あんたらになら』とラヴァリは呟いた。
『オルディア選侯国の首魁が1人、『大魔卿』ギルファス・アルフィードの娘、らしいわ』
ノアの表情が凍り付いた。
『それ、本当なの??』
『俺も上から聞かされとっただけやからな。ただ、帝国にとっては同盟国の首魁のご令嬢や。しかもこっちで重要な任務に就いとるらしい。
そんな方が病に倒れられたとなれば、こっちとしては動かん理由はどこにもあらへん。何より、『死病』への対応策を知っとるかもしれんからな』
「大魔卿」の話は、今までに何回も出てきた。ノアの母親に匹敵する、シムル最高の魔導士。その娘という時点で、その立場の重要性は推して知れる。
ノアが『そういうことだったのね』と頷く。
『道理でメリアの名前に聞き覚えがあったはずだわ……。スプリンガルドは、オルディアの名家の一つ。ギルファスに子供がいるって話は聞いたことがなかったけど、母様同様に長寿だから、いても全く不思議じゃない』
『メリア様は、それなりにお年と聞いとったが……神族絡みはよう分からんわ。
とにかく本当は、治療にはもっと上の人間が出張るはずやったけど、『死病』の対応で手いっぱいや。
そこで俺が抜擢された言うわけや。治療魔法だけなら、まあまあ自信はあったしな。サイファルド家嫡男言うのも、家の格的には悪くないと思われたんやろな』
『サイファルド……あんた、帝国の『3大貴族』の一角だったの?』
『せや。……まあ、今の皇帝には色々言いたいことあるけどな』
そう言うと、物憂げにラヴァリは車窓の方に目を転じた。ノアもふうと息をつく。
『なるほどねえ……しかし、そのメリアがあんたを殺そうとするってのも、少々変ね。『ペルジュード』の掟というのは理解するけど』
『それは俺にも分からん。……別の意思が働いとるんかもな。そもそも、メリア様がどういう方かは、俺もよう知らんのや』
車は一路C市へと向かう。メリアに会うのは明日だが、油断は一切できないか。
俺は心を落ち着かせるため、ホルダーにあるフラペチーノを口にした。大分溶けてしまっていたが、それでもその冷たさが多少は気を紛らわせてくれた。
明日のことも気になる。だが、まずは阪上だ。
高崎ゲンからは、色々話を聞かなければならない。




