11-3
『こんなクソ眠いんかい』
ふぁーあと欠伸をして、ラヴァリは頰杖を突いた。ノアはというと、テーブルに突っ伏しすうすう寝息を立てている。
朝にも弱めとはいえ「魔刃」を威嚇に使っていたから、疲労はかなりあるのだろう。
駐車場での襲撃から45分後。俺たちは射手矢と会った「ライフ」に場所を移していた。
警備員には襲撃者に逃げられたことを伝え、早めに切り上げさせておいた。警察に連絡しないという下りは、かなり首をかしげていたが。ここで一悶着起きたことが分かると、交渉にはつなげられない。
玉田が来るかどうかは、正直自信がなかった。ここでラヴァリを改めて襲う可能性もゼロではない。危ない橋を渡っている自覚はある。
とはいえ、メリア・スプリンガルドに接触するには、これが最短距離であるように思える。状況は決して楽観はできない。こちらからある程度仕掛けないと、「天岩戸」は開かないと、俺は直感していた。
俺は時計を見る。そろそろ、待ち合わせの時間のはずだ。コーヒーを一口飲み、ラヴァリに訊く。
『ラヴァリ、さっき男を突き飛ばしたのは魔法か?』
『あー、肉体強化の一種やな。治癒魔法と肉体強化は親和性が高いんや。加減した掌底でもあのぐらいはできる。
とはいえ、あれっぽっちで体内マナが枯渇しかかるって、どんだけマナが薄いんや?高位魔法の『圧波』使ったこのガ……女がこうなるのも、当然っちゃ当然やな』
『青森で警察官相手に立ち回った時は、こうじゃなかったのか』
『『マエズロス』の補助があったからな。それでもエラいキツかったわ。治癒魔法もどこまで使えるんか、ちと自信なくなってきたわ』
ラヴァリが肩をすくめる。それとほぼ同時に、チリンチリンと入り口のドアが開いた。
そこにいたのは。白髪交じりの眼鏡の男と、身長2メートルはありそうな若い大男だった。覆面を付けていたから分からなかったが、多分この眼鏡が玉田だ。
思わず、安堵の息が漏れた。まだ賭けに勝ったわけじゃないが、大きな一歩だ。
「……おめえが、町田か」
「ああ」
2人はドスッと、不機嫌そうに俺の向かいに座る。老齢のマスターが注文を取りに来ると、玉田は「ブレンド2つ」と津軽訛りで伝えた。
「小賢しい奴だ、取引だあ?」
「そうだ。無視すればいいのにここに来た、ということは、ラヴァリの力が何であるかも知っているわけだな。そして、事は急を要する。そうだろ」
眼鏡の奥の目が鋭さを増した。
「素直にそいつを引き渡せ。こちらとしてはそれでええ」
「そうもいかない。ラヴァリは貴重な情報源だ。それに、引き渡して用件が済んだら『処分』するんだろ」
「それは俺らの仕事じゃねえ」
玉田は真っすぐ俺の目を見ている。何かを探っているかのようだ。
「それはシムルから来る連中に任せる、ということか」
「俺らは言われたことをやるだけだ」
焦りのような物が玉田にわずかに感じられた。恐らく、ラヴァリを連れてこないなら、然るべき制裁が待っているのだろう。だからこそ、あの人数で、銃まで使って襲ってきた。
「……とにかく、身柄そのものをそちらには渡せない。ただ、治療ということなら、こちらもラヴァリを協力させることにやぶさかじゃない。
条件は、俺と横で寝ているノアの同行。そして、治療後の俺たちの身の安全の確保」
はっ、と玉田が嘲笑った。
「取引になってねえ。俺らに何の見返りも……」
その反応は読めている。普通に考えたら、俺の要望を飲む理由はない。だが……これならどうだ?
「1000万円、キャッシュだ」
「……は??」
玉田の口がぽかんと開く。常識的に考えれば、聞き間違いに思うだろう。
だが、これは言い間違いでも、聞き間違いでもない。
「聞こえなかったか?1000万円をキャッシュで渡すと言った。メリア・スプリンガルドに会う時に耳を揃えて渡す。贈与税はかかるだろうがな」
「……どごにそんな金さ、ある」
「自宅だ。有事に備えて持ってるキャッシュでね。俺は無職だが、金だけは腐るほど持ってる」
玉田が隣の男と、顔を見合わせた。明らかに迷っているな。
「それが本当だという証拠は」
俺はスマホを取り出し、自分の証券口座を見せた。残高は、2億円近くある。
「メイン口座の他、サブ口座も合わせれば5億円近くはあるはずだ。相場の先行きが見極めにくいから、今はキャッシュポジションを手厚くしてる。それもあって、手持ちの現生はそれなりにある」
「……おめ、何者だ」
玉田が俺を見る目が、まるでお化けか何かを見るような目になった。俺はニイと笑う。
「ただの無職だよ」
隣のラヴァリが、『何話とんねん』と小声で訊いてきた。俺は『心配するな』とだけ返して、再び視線を玉田に向けた。
「結論を出すのはすぐじゃなくていい。柳田の意向もあるだろうからな。ただ、そちらにとってはそこまで悪い話じゃないはずだ。
タイミングは遅れても、ラヴァリは連れてこれる。金ももらえる。その代わり、俺とノアをメリアという奴に会わせる。
このまま手ぶらで帰るのがいいか、それともリスクを背負ってもう一度ラヴァリを拉致するか、それとも俺の提案を呑むか。三択だ」
「……2000万円だ」
「いいだろう」
俺は即答した。増額要求もすると思っていた。これで玉田に貸しができる。
玉田は息をついて立ち上がる。
「メリアさんには話をしておく。多分、明日会わせることになる」
「メリアって奴の病状はどうなんだ」
ふと気になって、玉田に訊いた。奴は小さく首を横に振る。
「多分、明日はもつ。週末までもつかは、かなり微妙だ」
「そもそも何の病気なんだ?」
「俺は知らね。本人から聞け」
そう津軽訛りで言うと代金をテーブルに置き、玉田は足早に去っていった。




