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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
第2話「宰相ゴイルと将軍ガラルド」
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2-2


男の視線が俺に向いた。少し間を置いた後で,男が口を開く。この男も「念話」を使えるようだ。


『この男がここの領主か』


『いいえ、この者は領主ではございません。ですが、私たちに力を貸すと』


『……ノア、それは真なのか』


『彼を信ずるならば。そして、この者は我々が知らぬ数多の道具を持っております。魔道具とは違う、と言っておりますが』


『道具?……まあよい。ガラルド、一度退け』


ガラルドは恭しく跪くと、すぐに立ち上がり俺を睨んだ。そして何事か悪態のような言葉を呟くと、そのまま城へと消えていった。ゴイルはノアの方に視線を向ける。


『遅くなったのは、この男との交渉のせいか』


『いえ、恥ずかしながら……気を失い、看病を受けておりました。今は大丈夫です』


『……気を失う、か。『大転移』の負担は、『聖杖ウィルコニア』の力を借りたといえど、やはり過大であったか。……男、名は』


俺もノアに倣い、跪いて答えた。


「町田智宏といいます」


『マチダトモヒロ……珍妙な名だな。この辺りでは、一般的な名か』


「さして珍しくもない程度かと」


小さくゴイルが頷く。


『事態は急を要する。ノア、真にこの男は信頼できるのか』


『確実、とは申しません。ただ、小さな細い藁であっても、それにすがらざるを得ない状況です』


『より好みはできん、か。入れ、詳しい話を聞こう』


ゴイルに続いて俺たちは王宮の門をくぐる。少しだけ、空気が冷えた気がした。よく見ると、そこかしこに氷柱らしきものが立っている。


「誰かが魔法とやらであれを作ったのか」


『王宮魔術師団の誰かでしょうね。……そういう理解でよろしいですか』


『アムルとシェイダ、それに『御柱様』が手ずから作ってくださった。だが、相当堪えたらしく、アムルとシェイダは休息中だ。『御柱様』も、『ソルマリエ』を飲まれてお休みになられている』


ノアが目を見開いた。


『『ソルマリエ』は、極めて稀少ですよ!?そこまで……』


『あの方に斃れられたらここに来た意味も何もないからな。この土地は余りに暑く、マナも薄い。一刻も早く、より涼める場所への移動が必要だ。何より、食糧も不安だ。先の戦闘で傷ついた者の救護も不可欠。我らだけでできることは、ほとんどない』


静かな口調だが、その端々に苛立ちと焦りが見て取れた。ゴイルが俺を一瞥する。


『この者にそれら全てを解決できる術があるのかね、ノア・アルシエル』


俺は唾を飲み込んだ。状況は思っていたより遥かに切迫している。出陣するだの何だの言っていたのは、手段を選んでいられるだけの余裕がないということか。


『……どうなの、トモ』


ノアの問いに、俺は一瞬考えた。


『……状況が分からないことには、な。ただ、食い物と水、そして目先の環境改善は手当てできる。多分』


『本当なの?』


『そこは信頼してくれていい』


俺は改めて王宮の内部を見渡した。外と違い、あちこちで兵士や従者、メイドが慌ただしく動いているのが分かる。ひょっとしたら、この町の住民のかなりの部分が今ここにいるのかもしれない。

それと、微かだが饐えた臭いもした。……血の臭い?怪我人も確かに少なくなさそうだ。


ゴイルが年季の入った扉の前で立ち止まった。ギィィという音と共に、いかにも執務室という雰囲気の部屋が目に入った。


「シルド・ゲルフィ・シュタード」


「アヴ」


護衛の兵士が一礼して外に出る。ゴイルは椅子に座るよう促した。


『……自己紹介が遅れた。私が、リシュリュイエ・ゴイルだ。イルシア国筆頭宰相を務めている』


「あなたが、この国の首魁ですか」


『私はあくまで政を行うのみだ。『御柱様』の意思が全てに優先される』


「御柱様?」


『神の御遣いだ。それについて語るのは後にしよう』


ゴイルが両手を彼の顔の前で組んだ。


『聞いての通り、状況は芳しくない。皆の者の体力の消耗は激しく、食糧も十分ではない。一刻も早い支援を、我々は求めている』


「故に、国王や領主との交渉を望んでいる、と」


『然り。我々を庇護し、十分な安全と食糧をいただけるなら、それで十分だ。幾ばくかの兵士と武器があれば、なお望ましい。長居をするつもりはない』


「長居?」


『『聖杖ウィルコニア』の魔力が戻るまで。数カ月もあれば十分のはずだ』


俺は腕を組んだ。これは難題だな。


数カ月間……それまでこの国の好機の目を、彼らから守り続けるのは不可能だ。何より、異世界なるものが存在すると分かれば、間違いなく世界的に大騒ぎになる。

ネットで瞬時に情報が共有される時代だ、そのことは多分避けがたい。だが、それまでできるだけの時間稼ぎをしないと、かなり厄介なことになる。



とりあえず、目先の問題は……彼らが、この世界についてあまりに無知であるということだ。



俺はふう、と息をついた。


「言いたいこと、訊きたいことは幾つもあります。ですが、まず一つお聞きしたい。そちらの国の人口は、どれほどですか」


意外な質問だったのか、ゴイルとノアが固まった。


『人口……数えたこともないわ』


『聖都イルシアの第三都市区画まで広げれば、確か万は下らぬはずだ。国全体なら、正確に把握してはいないが、10万人以上はいる』


やはり、か。人口規模からも、中世ヨーロッパに近い。もし彼らが戦闘行為を仕掛けたなら、かなり悲劇的な結末を迎えていたことは明白だ。


俺は一拍置いて、口を開く。



「私の国、日本は約1億2500万人です」



「プエタッ!!?」


ノアが叫ぶ。ゴイルはさすがに平静を装おうとしていたが、汗が一筋額に流れた。


『……にわかには信じがたいな。証拠はあるのかね。マエ……』


「トモで結構です。具体的にそれを証明するのは不可能ですが、この国の人の多さを示すことはできます」


俺はスマホを手にした。そして、ラッシュ時の新宿駅の光景を撮った動画を検索する。


『トモ、それも魔道具なの?』


「魔道具はここには存在しないって言ったが……まあ、それに近いものだな。俺たちの国では、大体一人一台はこいつを持ってる」


ユーチューブにアップされているものが見つかった。ホームにあふれかえる人、人、人。何人いるのかは皆目想像が付かないが、この時間帯の新宿駅には万単位の人間がいるのは明白だ。

ノアとゴイルは動画を目にして固まっている。それはそうだ、この世界であっても日本人以外でこの光景を目にしたら大体は仰天する。


『……これ、幻術、よね』


「残念ながら。こいつは実際にあった光景をそのまま記録し、流しているだけだ。何なら今度ここに連れて行ってやってもいい」


『……記録魔法の魔道具……噂には聞いていたが……』


ゴイルが呟く。同様の物がノアたちの世界にもあることに、少しだけ驚いた。意外と、魔法で色々なこの世界の器具を代用できていたりするのだろうか。


「ここにあるのは、この国の中心部のほんの一部分の光景です。ここを通して、彼らはそれぞれの勤め先へと向かう。このような場所が、この国には数十も存在します」


『……人が多いのは分かった。が、貴君はこれで何が言いたい。我々に対する脅しか』


「脅し、と言えばそうかもしれません。あなた方が我々の領地を武力を以て制圧しようとしたら、それはごく初期においては成功を収めるでしょう。この国の人々は争いを好まない……というか、軍隊そのものを一応は持っていないという建前になってますから。

ただ、その気になった場合の武力は絶大です。あのガラルドという男や、この国の近衛騎士団がどれほどのものか知りませんが……この国が本気になれば、ここを落とすのに10分もかからないでしょう」


『……我々に傅けというのか』


ゴイルの表情は変わらないが、手が微かに震えているのが分かった。……煽りすぎたか。

俺は首を振る。


「逆です。私がここに来たのは、そうならないようにするためです。極力あなた方を、騒ぎにならないやり方で保護し、元の世界に帰す。そうすることが、私にはできる」


『……随分な自信だな。貴君は平民ではないのか』


「平民です。が、相応の力もある。まずは食料と水、生活環境の改善。そして怪我人の処置。本日中に応急的な対応はいたしましょう。そして、2日後から本格的なここの領主との交渉を始めます。政府とも、早いうちに」


『貴君は一人だ。部下を持っているようにも思えない。魔法使いでもないのに、随分大きく出たものだな』


「もし実現しなかったら、私を斬り捨てるなりなんなりして結構です」


俺はニヤリと笑う。こういうハッタリを使うのも、相当に久しぶりだな。


ゴイルがノアに視線を向ける。


「デア・キプラ・ドルーエ・ジュタ?」


「……アヴ。ジルイ・ポルタ・デタ」


念話を使っていない。俺にはあまり聞かれたくない会話、ということか。


ゴイルが俺に向き合った。


『分かった。我々としても選択肢がない。まずは貴君を信用することとする』


「ありがとうございます。他に色々訊きたいことはありますが、とりあえず」


俺はゴイルに手を差し出した。怪訝そうな顔をされ、俺は気づいた。契約時に握手をする習慣は、向こうの世界にはないのだ。


「交渉事が成立した時、この世界ではこうやって握手するのですよ」


『……そうか。よろしく頼む』


握ったゴイルの手は、妙に冷たかった。



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