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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
幕間3「派遣社員・市村響と御柱ジュリ・オ・イルシアその3」
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幕間3-5


心拍数が一気に高まる。でも、僕でやれるんだろうか?


声をかけなきゃいけない。しかし、その後は??


大きめのリュックを背負った高崎は自動改札を通ると、僕を一瞥してそのまま進もうとする。このまま悩んでいたら、何の意味もない。



「あのっ!!」



「んあ?」



高崎は間の抜けた声と共に、僕の方を振り返った。


「あっ、あのっ!!高崎ゲンさん、ですよね!!」


「……まあ、そうだけど?俺、急いでる……」


「ファ、ファンなんです!!少し、お話しませんかっ!!?」


我ながら、あまりに唐突な切り出し方だ。こんな言い方で、足止めなんてできるわけがない。



……その時、怪訝そうに僕を見ていた高崎の口元が、わずかに歪んだ。



「いいぜ。少しだけなら」


「あっ、ありがとうございますっ!!」


「おう。ねえ、君、名前は?」


高崎は、馴れ馴れしく僕に腕を絡めようとしてくる。僕はそれを押し返した。汗で湿った他人の腕が、こんなに気持ち悪いものだなって思わなかった。


「あっ、あの、近すぎますっ」


「ん?あーゴメンゴメン。でもさ、これから『仲良く』なるんだから今のうちに慣れておいた方がいいぜ?」


ぞわぞわっと肌に鳥肌が立った。この男……僕を犯すつもりなのか。


僕はその場から駆け足で逃げたいと思う気持ちを、必死でこらえた。ここで逃げたら何の意味もない。大事なのは、こいつの歓心を買って、その上で足止めすることだ。


「い、いえ、実は……その、男の人と、お付き合いもしたことがなくて……」


「おおっ、いいねえ!!田舎ならではじゃん!!というか、C市にもこんな上玉がいるとはなー。ね、君JK?JCじゃないよね?」


「あ、あの……ハタチ、です。ここで、派遣社員やってて……」


「ほえー、ハタチで処女!しかもこのルックスで!?マジで掘り出し物じゃん。

とりあえずさ、今日俺仕事でここに来てるんだよ。仕事終わったらさ、ゆっくり話そうぜ?宿は取ってあるからさ」


「仕事が終わるまで、待てってことですか?」


高崎は「んー」と少し考えている様子だ。


「まあ、このクソ暑い中待ってても辛いだろうからなあ……」


「えっと、どんなお仕事なのか、少しファミレスで聞かせてもらえませんか?」


サングラスの奥にある高崎の視線が、僕の胸元に向いているのが分かった。よくは見えないけど、なめ回すように見ているようで本当に気持ちが悪い。


「……ま、いっか。じゃあ、ファミレスで少し話したら、仕事が終わるまでそこで待っててくれよ。あ、連絡先はこれね。君のも頼むよ」


僕は一瞬躊躇した。名前で僕が男と分かるんじゃないか。一応、スマホを差し出して電話番号を交換する。


「おっけー。あ、響ちゃんってのね。かわいい名前じゃん」


よかった。僕は多分、生まれて初めて響という名前を付けた両親に感謝した。


「ふぁ、ファミレスなら、あそこに『ギャストロ』が」


「お、あそこでいいや」


僕たちは駅からすぐの「ギャストロ」に入った。高崎は相変わらず距離が近い。


「よっと。じゃあ奢るから、適当に何でも頼んでいいぜ。俺はドリンクバーだけでいいから」


「あ、ありがとうございます。そ、それじゃ、オムライスで」


タッチパネルで注文すると、高崎がニヤニヤとこちらを見ている。


「にしても、よく俺がここに来るって知ってたねえ。サングラスして、一応変装もしてるのに」


心拍数が一気に早くなる。ヤバい、もうバレた??何とか取り繕わなければ。


「えっと、ちょっと友達と待ち合わせしてて。ゲンさんが来たのは、本当に、偶然なんです。大ファンなので、ちょっと気が動転しちゃって」


「ほんとお?じゃ、その友達も後で呼んでよ」



まずい。まずいまずいまずいっ。噓に噓を付いて、このままだと引き返せなくなる。



もしこのまま行ったら……イルシアの存在は明かされ、僕は犯される。よりによって男に。

最悪も最悪だ。何とかしないとっ……!!



その時、僕の中である考えが閃いた。



……これは、一種の賭けだ。でも、上手く行けばこいつを取り込める。一か八かだけど、やる価値はある。



「えっと……『イルシアチャンネル』って、知ってますか」



その言葉を聞いた瞬間に、高崎の表情から笑みが消えた。



「……あ、ああ。ネットでバズってる、魔法少女の」


「はい。友達って、実は、その魔法少女ノアなんです」


「……は??」


高崎が怪訝そうな声を出した。


「イルシアって、実はこの近所なんです。ノアさ……ノアちゃんとは、すぐに仲良くなって。電話番号だって知ってます」


「……マジ?」


僕は頷いた。ノアさんの電話番号は町田さんのだけど、噓では全くない。


「予定通りなら、そろそろ来るはずなんですけど……」


一応電話をしてみる。……数コールしても、電話に出ない。何かあったのだろうか。

元々彼らが戻るのは、3時過ぎという話だ。だから、1時間近く時間を潰し切れれば、後は町田さんたちが何とかするということだったのだけど……。


「……電話に出ないみたいです、ね……」


「ふうん。じゃあ本当ならさ。後でノアちゃんにも会わせてよ。ここに呼んできてくれればいいから」


一瞬それでもいいかと思ったけど、僕はすぐに考え直した。高崎ゲンは、ライブ配信をよくやる。多分、ノアさんの到着を待ってからだと遅い。

それに、ノアさんはあれで結構気性が荒いと聞いている。町田さんが止めるだろうけど、それでもこいつがどうなるかはなお不透明だ。



考えろっ。この窮地をどうするか、考えるんだ。さもないと……みんなが不幸になる。



目を強くつぶる。その時間は、多分1、2秒にも満たなかったはずだ。だけど僕には、それが数分のように感じられた。

その引き延ばされた時間の中で、僕の頭に何かが「降りて」きた。



……多分、これしかない。



「えっと、お仕事って……イルシアのことですよ、ね」



「え」



僕は初めて、高崎に笑いかけた。



「ぼ……私、イルシアには何回も入ったことがあるんです。案内してあげましょうか?」



ゲンの顔から、余裕が消えた。この展開は、完全に予想外だったはずだ。


「……マジでか?」


「ええ。ただ、条件が三つ。まず、ライブ配信はやめてください。別にライブじゃなくても、絶対にバズるでしょ?

あと、場所は『埼玉県某市』で止めてください。もちろん、イルシアの人に対する敵対的な行動は、なしです」


しばらくの沈黙の後で、高崎が低い声で訊いてきた。


「もし、この条件を受けなかったら?」


「一切の身の安全は保障しないと言っておきます。これは脅しじゃないです」


僕は心の中でジュリに「ゴメン」と謝った。脅しとかを嫌う彼女がこれを見たら、さぞ悲しむだろう。でも、こうしないとこの男は止まらない。


「……お前、イルシアの人間か?あの魔法少女と違って、日本人にしか見えねえが」


「正真正銘、日本人です。ノアちゃんと友達というだけで。それでも、恐らく日本で私以上にイルシアに詳しい人は、ほぼいないはずです」


……町田さんを除いては。


高崎はというと、苛立ったように身体を揺すっている。そして「チッ」と舌打ちをした。


「どこまで知ってる」


「どこまで、って」


「俺がここに来た理由だ。確かにイルシアの件で俺はここに来た。それは認める。実際、多分過去イチでバズるネタだ。それに協力してくれるなら、それはそれでありがたい。

だがな、俺にも俺の事情がある。言われた通り、『ハイそうですか』って訳にはいかねえんだよ」


考えてみれば妙だ。一介の市長である阪上の言うことを、なぜ全国区のユーチューバーである高崎が聞かなければいけないんだろう。

「先輩」と高崎は阪上のことを呼んでいた。そして、高崎のネットワークも阪上が紹介した物だと。



……とすれば。



「脅されている、んですね」



高崎の顔色が一気に青ざめた。図星だ。



「は、はあっ!!?」


「どうやって知ったか、その背景は言いません。ただ、脅している、ないしは弱みを握っている人間が誰かは知っています。C市市長、阪上龍一郎」


高崎が絶句した。その様子がおかしくて、僕は思わずクスクスと笑う。


「そ……それも、魔法かよ……」


「さあ?ぼ……私は魔法なんて、使えませんから。当事者に会って、話をお聞きになっては?」


ガンッッ!!と高崎が机を蹴り上げた。テーブルの上のコーヒーはこぼれ、ちょうどオムライスを持ってきた店員が「ひいっ!?」と引く。


「……クソがっ。ミイラ取りがミイラかよっ!」


僕はニコリと笑う。


「その代わり、あなたのことは私たちが守る。いい条件じゃないですか?」


「……できるんだろうな」


「ええ」


確信はない。ただ、そのくらいのことは、多分できる。



「じゃ、『イルシアチャンネル』と『高崎ゲンちゃんねる』の初コラボ、行きますか」




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