幕間3-4
「……どうしてこんなことに」
僕は無人改札の前で盛大な溜め息をついた。こんな姿を知り合いに見られたら、僕は死ぬしかない。
何より下がスースーしていて落ち着かない。僕にできるのは、俯いてできるだけ顔を隠すことだけだ。
そう、僕は女の子の格好をしていた。こういうのに興味がなかったわけじゃないけど、まさか本当にやることになるなんて、思いもしなかった。
*
「……お膳立て?」
今を遡ること4時間前。僕はジュリに聞き返した。彼女は満面の笑みだ。
『そ。ヒビキが女の子になって足止めすればいいんだよ』
「……は?」
僕は聞き間違いかと思った。一体ジュリは何を言ってるんだ。
『だからボクがヒビキを女の子にするんだよ。服は、この前ボクが来ていたのでいいよね?』
「……だから言っていることがよく分からないんだけど」
ゴイルさんも怪訝そうにジュリを見ている。
『御柱様、それはどういう意図が』
『普通にヒビキが高崎ゲンを止めに行っても、多分無意味でしょ?でも、女の子の姿なら足を止める。
ヒビキはかなりかわいいから、女の子にすれば絶対に足を止めると思うんだ。それで時間を稼いでもらう。どう?』
『時間を稼いだところで、どうするのです』
『んー……ノアたちがいつ帰ってくるか分からないからなあ……。理想は、ヒビキが高崎ゲンを説得することだけど。まあ、何とかなるよ』
『随分と楽観的な見通しですな』
『そこは御柱たるボクを信頼してほしいな。ランカさんほど正確じゃないけど、ボクにも『未来視』の力は備わってるわけだし』
『まあ、そう言うなら』
ジュリが僕の方を見て、またニコリと笑った。
『というわけで、女の子になろ?』
「……いやだからさ。女の子になるって女装しろってわけ?そりゃ僕は声も少し高いし、背も小さいけど……女装したところですぐバレるよ」
『女装?違うよ。本当の意味で『女の子になる』んだよ』
「……まさか」
顔色が青ざめていくのが自分でも分かる。ジュリは満面の笑みで頷いた。
『そ。『性転換魔法』。時間制限付きだし、魔力もかなり使うからできあがるまで時間もかかるけどね』
「嫌だ」と口にしようとしたけど、ジュリの笑顔に僕は躊躇してしまった。というか多分、ジュリが僕の女の子の姿を見たいだけだよね、これ……。
ただ、ジュリの提案にはそれなりの説得力があった。確かに、一種のハニートラップを仕掛けるなら、この発想は悪くはない。
問題は、細かい行動は僕次第ということだ。正直、自分の容姿にそこまで自信はない。少なくとも、異性に好意を持たれたのは、ジュリ以外には今までないのだ。
女の子になったからといって、高崎ゲンが興味を持ってくれるだろうか。そして、その上で堂々と行動できるなんて、全く思えない。
「……僕が男ってばれないよね。全然自信ないよ」
『大丈夫!そこはボクに任せて。というか、ヒビキは自分にもっと自信を持った方がいいと思うなあ』
「いや、どうだろ……そもそも、どうやってやるのさ」
『んー、確か母様は……』
そう言うとジュリは向こうの方に行ってしまった。本当に大丈夫なのか。
『あれが使われるのは、4、50年ぶりだな』
「知ってるんですか」
ゴイルさんが渋い表情で首を縦に振る。
『先代様が、その時の御柱付きに使った。結局子は為さなかったが』
「子を為す……」
『基本的に、世継ぎを作る時に使うものだ。あれを使えば、やや子ができる確率が跳ね上がるからな。御柱様があの存在を知っていたとは、少々意外だった』
性転換すると妊娠確率が上がる?魔法というより、もっと別の何かのように思えてきた。
数分すると、ジュリが僕を手招きした。その先には今の部屋よりさらに薄暗い部屋と、巨大な棺みたいなものがある。そこには、幾つかのケーブルのようなものが繫がれていた。
『ヒビキは服脱いで、この中に入ってね』
「え……服脱ぐの??」
『そりゃそうだよ。あ、女の子になった時の服はボクが用意するから心配しないで』
「でも、恥ずかしいんだけど」
『むう。そのうち嫌でも見ることになるんだけどなあ。とりあえず、準備終わったら声かけて』
ジュリが部屋を出て行く。僕は言われた通り全裸になり、棺のようなもののの中に入った。
「入ったよ」
『了解。じゃあ、蓋閉じてね。後は寝てるだけでいいから』
蓋は中からでも簡単に閉じられる仕組みだった。閉めると、「プシュン」という音と共に、甘ったるいガスのようなものが噴出される。
吸い込むと、とても幸せな気分になった。そして、快感と共に強烈な眠気が襲い……
……
…………
『……キ。……ヒビキ!』
目を開けると、はしゃいだようなジュリの笑顔が見えた。
『うん、完璧!!母様の遺した書類通りにやったけど、想像以上だよ!!』
「……へ?」
起き上がると、手と足が心なしか細くなっているような気がする。胸の辺りも少し重い。髪は……ちょっとだけ長くなっているだろうか。
そして、股間に手をやる。いつもあるはずのものが……ない。
「……噓、だろ」
起き上がると、ジュリは僕を愛おしそうに抱きしめる。そして、頰に軽くキスをして、耳元で囁いた。
『……ほんっと、かわいく仕上がったよ。このまま契っちゃいたいけど、それは後でね』
服は畳んで用意されていた。これも、魔法で用意したものであるらしい。デザインはこの前ジュリが着ていたものと同じものだ。
ブラジャーなんて付けたこともないから、そこはジュリに手伝ってもらった。にしても、自分の姿がどんな感じになっているのかはかなり気になる。
「……本当に、女の子に見える?」
『うん!!完璧だと思うよ。ちょっと見てみる?』
部屋が明るくなると、その一角が姿見になっているのが分かった。その前に立つと……
「……これが、僕??」
そこには、ショートカットで地味目だけど、可憐な少女がいた。目は大きく肌は白い。化粧をしていないすっぴんなのに、間違いなく人目を引くであろうルックスだ。
でも、僕はこれが自分であるとすぐに認識できた。確かに顔のパーツは男だった時の僕のものなのだ。
戸惑う僕に、ジュリが興奮気味に言う。
「そう!元々ヒビキはこんなにかわいいんだよ。男の子の時でもそうだったけど、女の子だとさらに引き立つなあ……とりあえず、ゴイルにも見せよっか」
部屋を出ると、ゴイルさんがピクリと眉を動かした。
『……本当にやられたのですな』
『まあね。時間は大丈夫?』
『今、この世界の時間で1時過ぎですな。問題はないかと』
うんうん、とジュリは頷く。彼女によると、阪上に大きな動きは特にないという。
『じゃ、高崎ゲンの件、よろしくね。性転換の効果期間は12時間だから、一緒にいる間に男に戻ることはないから安心して』
*
そして僕は、東園駅にいる。電話で町田さんにもこのことを伝えたのだけど、「そちらで判断したことならそれを尊重する」とのことだ。
とにかく、イルシアが平穏なままでいられるかは、僕にかかっている。それだけは間違いない。
C鉄道の電車の音が聞こえてきた。4両編成の電車が止まると、一人だけが降りたのが分かった。
茶髪で少し痩せたサングラスの男。この男が、高崎ゲンだ。




