幕間3-3
「ネタの暴露……片桐さんって、知ってますか」
ゴイルさんが額に皺を寄せた。
『この町の領主補佐……みたいな立場のようだな。この前ノアが報告に来て、こちらの支援に入ると言っていたが』
「そういうことですか……」
阪上市長は片桐という人の弱みを握っている。それを暴露して、彼の失脚を狙おうということか。
しかし、たかが一公務員のスキャンダルを高崎ゲンにやらせるというのもかなり大袈裟だ。そんなに大層なスキャンダルなのだろうか。
『……止めないとね』
ジュリに僕は頷く。高崎ゲンは、何とかして捕まえないとマズそうだ。
水晶玉の中では、メールを送り終えた阪上市長がスマホをポチポチ弄り始めた。ユーチューブにアップされた、「イルシアチャンネル」の第1回と第2回を見ている。
これは僕も昨日見た。まるで特撮か何かのようだったけど、恐らく本当にノアさんは空を飛んでアレを撮ったのだろう。
何も知らない人が見たら、新しいテーマパークの宣伝のように受け取ったかもしれない。麻美冷蔵のかき氷の食レポも、ノアさんが本当に美味しそうにしているのが伝わってとてもよかった。
(勝手なことをしやがるな)
阪上市長は忌々しそうに呟き、乱暴に動画を切った。その直後、彼のスマホが鳴る。「高崎ゲン」とある。
(もしもし)
(龍さん、どもっす。遅れました)
(メールをさっき送った。対応できるか)
(あー……)
(お前の弱みなんて腐るほどあるんだが。警察に言えば一撃だ)
瞬間、ゲンの声色がうわずったのが、僕にも分かった。
(い、いややりますけど。しかしこんな小物の暴露、再生数伸びんですよ)
(だから、これからの動画とセットだ。お前も見ただろ、「イルシアチャンネル」)
(ありゃよくできてますねえ。超美少女が魔法使いというつかみもいい。あれ、C市なんでしょ?)
(そうだ。まず、「イルシアの正体を暴く!」で入り、「イルシアの存在を秘匿していた黒幕、病気の妻を捨てて禁断愛」につなげる。
なぜイルシアの存在が公にならなかったのかというのを、片桐に押しつける。その上でこちらが記者会見を行えば、主導権はこちらのものというわけだ)
禁断愛?僕は片桐さんという人をよく知らないが、何かあるんだろうか。
会話は僕の疑問に関係なく進んでいく。
(むしろ、あんなものがよく今までバレなかったもんですねえ)
(もう一人、本当の黒幕がいる。ただそいつは無職で、社会的地位もないから旨みがない。受けやすい方から叩く)
(なるほど……さすが『先輩』)
(おだてても何も出ないぞ。お前のネットワークは俺が紹介したものが多いということを忘れるな。
で、いつこっちに来れる?イルシアチャンネルがバズっているうちにやらんと意味がないぞ)
(あー……今日の午後2時頃には何とか。C市でしょ?車よりは電車の方がいいですよね)
(そうだな。イルシアってのは東園駅から徒歩で15分ぐらいの所にある。道は俺が教える)
(了解っす。じゃ、今度いい女紹介しますんで)
(お前のお下がりは勘弁だな)
ハハという笑いと共に、電話は切れた。阪上はふうと息をつき、書類を手にする。
「2時に東園駅か。待ち伏せれば、捕まえられるかもね」
『でも暴力はやだよ。足止めさせないと』
足止め、か。しかしイルシアの人でそれができるのかどうか。
念話が通じるかどうかも分からないし、イルシア王宮の外に出たことがあるのはシェイダさんと昨日のシーステイアさんぐらいだ。頼みのノアさんは、誰かを迎えに町田さんとどこかに行ってしまっている。
ここにちょくちょく出入りしている東園集落の人はどうだろう。農作物を納入している畑山さんか、なぜかよく顔を出している大熊さんか。しかし、どちらも高崎ゲンを止められるようには思えない。
足止めに適した人材……高崎ゲンが興味を引かれ、なおかつこっちに来るのを思いとどまらせるような……
ちらっとジュリを見た。それに気付いたゴイルさんが『それはダメだ』と冷たく言い放つ。
彼女は適役だと思ったのだが。日本語も話せるし、間違いなく高崎ゲンは誘いに乗る。
ただ、ゴイルさんがそう言う理由も分かる。彼女が外を出歩くことは、イルシアの人たちに対する「示しが付かない」のだ。
「ジュリと僕が一緒に高崎ゲンに会うのでも、ダメですか」
『それはならん。君を『主御柱付き見習い』とする条件は、状況が落ち着くまでは御柱様をここに留めておくことだからだ』
その時、ジュリが『そうだ!!』と声を上げた。
「ジュリ!?」
『フフフ……いいこと思いついた』
「いいことって、何だよ」
にまっと悪戯っぽい笑みをジュリが浮かべる。
『ヒビキが足止めに行けばいいんだよ。ボクがお膳立てするからさ』




