幕間3-2
「この奥にジュリが?」
分厚い、複雑な文様の扉の前に僕らは立っていた。ゴイルさんが頷く。
『一応、魔術的な『鍵』をかけてある。それをまず解除しよう』
何か複雑な呪文のようなものをゴイルさんが唱え始めた。しばらくすると手が青く光り、その手で扉に触れると重そうな扉がひとりでに開いた。
その先は、黄金の光で満たされている。まぶしくて、直視するのが大変なほどだ。
「この光は一体」
『聖杖ウィルコニアの魔力の奔流よ。この廊下に長い間いると身体の具合が悪くなるから、少し速足で歩きましょ』
ノアさんは町田さんにそう言うと、先頭を切って歩き始めた。廊下は存外長く、20mほどもある。どこにこんなスペースがあったのだろう。
「居住区にしては、広すぎませんか?」
『あたしもよく分からないのよ。王宮の全体構造を知ってるのは、先代の御柱様ぐらい。
ゴイル閣下もここには滅多に入ったことがないし、ジュリは詳細を教えてもらってないと思う……って着いたわよ』
最奥には、小さなドアがあった。やはり黄金色で、鍵みたいなものはないようだった。
『失礼いたします』
ドアを開けると、青い光で満たされた、薄暗い部屋があった。中はかなり広く、中央には巨大な水晶玉がある。そして、そこには……
「……あれ?」
そう、僕の視界と同じものが映っていたのだった。パタパタと奥から足音がする。
『あ、来た来た!!』
小走りで駆けてきたジュリが僕の胸に飛び込んできた。予想もしなかった行動に、僕の心拍数は一気に高まる。
「ジュリ!?」
『待ってたよー。来るのは分かってたけど。あ、ノアやゴイルも一緒だったね』
ハハハと笑うと、ジュリは僕から身体を離す。ゴイルさんは渋い顔だ。
『……千里眼をヒビキに使っていたのですか。どういうおつもりですか』
『ん?ここにずっといてもつまらないじゃない。だからずっとこれでヒビキ見てたんだ』
ジュリはそう言うとにっこりと僕に笑いかけた。
『ヒビキ、かわいかったなあ。昨日の夜も、ボクの名前呼びながら……むぐっ』
僕は慌てて彼女の口を塞ぐ。……それ以上は僕の尊厳に関わる。
「な……何やってるんだよ!!」
『……だって、週末まで会えないなんて、寂しいんだもん……ごめんなさい』
ジュリがしゅんと下を向く。まあ、ずっとここに閉じ込められていたのだから、気持ちは分からないわけでもないけど。
ゴイルさんが溜め息をついて言う。
『御柱様、千里眼をそのような使われ方をされては困ります。……ということは、先ほどの会話の内容も?』
『うん。……でも、正直気は進まないな。そのサカガミって人を脅すんでしょ?』
『ええ。しかし国を治める者、時には手を汚さざるを得ないこともお分かりでしょう。先代様も心を鬼にして動くときもあった』
『母様のそういうところが、好きになれなかったんだよ』
一瞬、沈黙が部屋を包んだ。過去に何があったんだろう。ゴイルさんが、微かに険しい顔になった。
『まず大事なのは国であり、理念ではありませぬ』
『そうかもしれない。でも、ボクは母様とは違う道を行くと決めたんだ』
ゴイルさんがちらりと僕を見た。説得しろ、ということか。
「少し、席を外してもらえますか」
一度、町田さんたちには部屋を出て行ってもらうことにした。残ったのは、僕ら二人だ。
「僕からも、お願いしたいんだ。イルシアを守るためにも」
ジュリは小さく首を横に振る。
『イルシアの皆は守らないといけない。でも、それは敵も含めて、皆が幸せになるようなやり方じゃないといけないんだ』
「それは理想かもしれないけど……」
『母様はイルシアを守るために色々なことをやった。それこそ、暗殺だって何だって。でも、悪意は巡りに巡って自分たちに帰ってくるんだ。
母様が亡くなったのがそのせいかは知らないけど、帝国が力尽くでボクとウィルコニアを奪おうとしたのは、少なからず母様のせいだと思ってる。話せば分かる人たちだっていたはずなんだ』
「今回もそうだと?」
頷くジュリの目からは、強い意志が感じられる。
『ボクはサカガミって人を知らない。でも、弱みを握って脅したりしなくてもいいんじゃないかって思う』
僕は天を仰いだ。思っていたより、ずっと説得は難しいみたいだ。
……脅迫をするなら、ジュリは「千里眼」は使わないだろう。ただ、理屈付けを変えるなら?
千里眼は、視覚だけでなく聴覚も共有できるという。つまり、情報収集には最適の手段だ。少なくとも、これを使えば高崎ゲンがいつ、どのような手段でここにやってくるかは読める。
自衛のために千里眼を使うことまで拒むならアウトだ。ただ、そっちの方がまだ筋が通りやすい気がする。
僕はジュリに切り出した。
「ジュリは、自衛のための暴力も嫌なの?」
『……正直に言えば。でも、それまで否定したら、国は守れないでしょ?』
「そっか。なら、僕の考えを聞いて欲しいんだけど」
僕は千里眼を使い、高崎ゲンがいつここに来るかを把握することを提案した。ジュリは『うーん……』と唸っている。
「それも、ダメなの」
『その人を捕まえてどうするの?殺すとか廃人にするなら、協力はできないな』
「町田さんは、そういうのはしないと思う」
あの人は、波風を立てるのをとても嫌がる人だ。そのためには色々な策を練るけど、着地は絶対に穏当な方向にする。そういう印象がある。
ジュリは少し考えた後、『皆を呼び戻して』と伝えた。1分ほどして戻ると、彼女が皆に切り出す。
『ヒビキの話は聞いたよ。脅しのために使うのならゴメンだけど、情報収集に使うなら。
ただ、タカサキゲンって奴を捕まえたら、その後は絶対に傷付けないで。殺すのは論外、精神に干渉もダメ。それを守れないなら、ボクはここを出て行く』
町田さんがノアさんと顔を見合わせ、小さく頷いた。
「分かった。その条件でもいい。俺も高崎ゲンをどうするかはまだ悩んでるが、その条件には同感だ。あいつが消えたりすれば、間違いなく騒ぎになる」
『ありがと。で、そのサカガミって奴がどこにいるかは分かる?』
「この時間だと、多分執務室にいる可能性が高いな」
町田さんがスマホで地図を見せて説明すると、ジュリは把握したらしく巨大な水晶玉の前にある板に手を乗せた。まるで巨大なモニターと、そのコントロールソールみたいだ。
ヴオンという音とともに、水晶玉が映す画面が変わった。執務室には、まだ誰もいない。
「留守……みたいですね」
「そうだな。ここで待っていてもいいが、俺たちはラヴァリを引き取りにいかなければならない。すまないが、君とゴイル宰相で対応してくれないか。
西部開発の人間には、俺から言い含めておく。君が首になるのも、色々不都合だろうし」
「分かりました」
そう言うと、町田さんとノアさんは部屋を出て行った。
『さて……しばらく待つとするか。ここの国の言葉は分からぬから、その点は君に任せる』
ゴイルさんはそう言うと、部屋にあった椅子に深く腰掛けた。
奥の方にはベッドらしいものがあるけど、ひどく殺風景な部屋だ。こんな所に一人でいたら、僕なら1日ももたない。
ジュリはというと、『せっかく二人きりになれると思ったんだけどなあ』と口を尖らせている。僕にも多少はそういう思いがあるけれど、状況が状況だけに仕方がない。
待つこと10分ほどして、誰かが部屋に入ってきた。オールバックで背の高い男の人……この人が、阪上市長だ。
「来たよ。この人だと思う」
『分かった、任せて』
ジュリは再び水晶玉の前に立つ。ヴオンという音ともに、画像が切り替わった。
(全く、面倒なことになった)
上の方から声がする。スピーカーみたいなものもあるのだろうか。どうやら阪上市長の独り言のようだ。
『これでいい?』
「うん、大丈夫」
阪上市長はパソコンを開く。メールチェックのようだ。真っ先に一番上のメールを開くと、そこには「Gen Takasaki」と宛名があった。件名はない。
『文字はまだそんな分からないんだよね……ヒビキ、読める?』
「うん」
水晶玉はメールの中身を映し出していた。「この後打ち合わせた上で電話する」とだけ短くある。(チッ)と阪上市長は舌打ちをした。
(早めに電話が来ないと困るんだがな)
すると、今度はパソコンの中からフォルダをクリックした。パスワードがかかったそれの中には、無数の音声ファイルがある。
「……何だこれ」
明らかに異常な多さだ。そして、「kagagiri07★★.mp4」というファイルをクリックすると、それをドラッグして高崎ゲンへのメールの返信に添付した。
カタカタと、タイプの音が聞こえる。そこにある文言に、僕は戦慄した。
「早めの連絡を頼む。それと、そのバーターで副市長の片桐のネタをそっちで暴露して欲しい。証拠の音声ファイルはこっちだ」




