幕間3-1
「おい、これやっとけ」
水上さんがぽんと書類の束を渡してきた。これを要約してまとめろ、ということらしい。
「……はい。やっておきます」
僕は気付かれないように溜め息をつき、ノートPCに向かう。チラリと水上さんをみると、スマホを何やら弄っているところだった。
週が明け、コロナで休んでいた水上さんが戻ってきた。最初はイルシア王宮にビックリしていたけど、何やら言い含められていたらしく、王宮のことにはそれっきり関心を示していない様子だった。
どちらかと言えば、僕の監視をしているような空気さえ感じる。僕がこれ以上イルシアに関与しないように、ということなのだろうか。
僕は窓越しに王宮の方を見た。週末になれば会えるとはいえ、ジュリに会えないのはやはり寂しい。
先週は毎日数時間をしゃべったりして過ごしていたのに。こんなに一日がつまらなく、灰色に見えるようになるとは思わなかった。
僕は書類をチラリと見る。何やら専門的な建築工法についての話らしい。こんなの僕に分かるわけがない。完全に嫌がらせだ。
はあ、ともう一回溜め息をつく。今日はこれで一日が潰れてしまうのか……
ブロロロ……と軽いエンジン音がした。この音は。
しばらくすると、ノックの音がした。入り口に向かうと、町田さんとノアさんがいる。
「市村君、少し時間はあるか」
「えっ……」
町田さんの姿を見るなり、ズンズンと水上さんが険しい顔で向かってくる。
「あんたな、部外者だろ。誰の許可があってここに……ひっ!?」
ズン、と床が何かで引き裂かれた。ノアさんが銀の棒みたいな物を持っている。
「ちょット、黙ってテくださイ」
「ひっ!?」
町田さんが一歩前に出る。視線はいつも以上に鋭い。
「ちょっと、頼みがあるんだが」
*
「……そんなことが」
王宮に向かいながら、町田さんは昨日阪上市長に会ったことと、彼が迷惑系ユーチューバーを使ってここを荒そうとしているらしいことを話した。
高崎ゲンの名前は聞いたことがある。格闘系ユーチューバーとしても有名で、誰彼構わず喧嘩を売ることでも知られている。
僕は大嫌いだが、相当な数の信者もいるらしい。彼のことを話す町田さんの顔は、かなり深刻そうに見えた。
「ああ。だから君にも少し協力してもらおうと思ってる」
「……僕に?」
前を行くノアさんが振り向いた。
『そ。君がいた方が話が早いし、それにジュリも動きやすいだろうから』
「ジュリが?」
そうしていると王宮入り口に青白い肌の男の人が立っていた。ゴイルさんだ。
『話は昨晩聞いたが、本気なのか』
『はい。これが外敵を未然に防ぐ良策かと』
『……理屈は分かる。しかし、御柱様を利用するようで気が進まんな。あのお方は、筋の通らぬことを大変お嫌いになさる。脅迫の片棒を担ぐようなことに同意されるとは思えんが』
ノアさんがチラリと僕を見た。
『だから彼を呼んだのです』
『『主御柱付き』の青年か。彼の言うことなら聞くと?』
『御柱様は彼のことを大変気に入っているようです。状況的に、これが最善であると判断いたしました』
どうにも状況が読めない。「どういうことですか」と訊くと、ノアさんは『千里眼って分かる?』と言ってきた。
「まあ、一応。それが何か」
『ジュリだけが使える力でね。遠方の、どこで何があったかを曖昧だけど把握できるの。対象を決めれば、その人物の視覚と聴覚も共有できる。
歴代の御柱様は、これで広大なイルシアの領地に起きた問題に迅速に着手し、適切な指示を下してきたわ。それを今回、使ってみる』
「……視覚と聴覚を共有??」
『そう。これを阪上市長に適用する。それで弱みを握り、逆に揺さぶってやろうってわけ』
そんなことができるのか。僕は思わず、唾を飲み込んだ。
「それが使えるなら、シムルからの移住者の居場所や、そいつが何を考えてどう動いているのかも分かるんじゃないか」
町田さんの問いに、ノアさんは『うーん』と唸った。
『ゴイル閣下が言ってたように、ジュリってあまりそういうことをしたがらないのよ。昔から人を傷つけたりすることについてはとても嫌がってたから。
あと、今回については恐らくそれは難しいと思う。マナがあまりに薄すぎて、『千里眼』が使える範囲はイルシアよりずっと狭いんじゃないかしら』
「そもそもイルシアの国土ってどのくらいの広さなんだ」
『うーん……この国の広さがどうにも分からないのだけど。ラヴァリがいたアオモリってとこがイルシアと帝国の国境付近だとすれば、前に見た地図からすると西はヒロシマってとこぐらいかしら。
もちろん、陸の形が全然違うし、南の方は海みたいだから単純には言えないんだけど』
「本州弱、の領土ってとこか。使える範囲としては半径1000キロメートルと考えると、相当なものだな」
『その辺りはよく分からないんだけどね。ただ、ほんのちょっと魔法使っただけで疲労がすごいから、マナの薄さは10分の1、多分もっと薄いと思う。今もかなり眠いもの。
この感じだと、トウキョウまで千里眼が使えるとはちょっと思えないかな』
軽くあくびをしてノアさんが言う。
『まあとにかく。この案が通るかは、ヒビキ次第ってことね』




