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「なるほど……そんなこともできるんですね」
シーステイアの魔法と、彼女の知ったことについて説明し終わると片桐が唸った。俺はコーヒーを口にする。
「シーステイアは相手の思考が読めます。問題は、誰を雇うつもりなのか。心当たり、ありますか」
「いや……ただ、市長には妙なネットワークがあります。ドローンの撮影業者も、どこからか調達してきた。元々芸能人崩れだったのもあるのでしょうが、人脈はかなり広いんです」
「芸能人崩れ」
「元々はモデルか何かをやっていたと。そこから起業して一応の成功を収め、政治家に転身したというのが阪上市長です。若い人や、一部の女性には人気が高いようですが」
なるほど、色々見えてきた。片桐のような伝統的な役人とは、決してそりが合わないのも間違いない。C市市長というのも、国政への足がかりぐらいにしか思っていないだろう。
そして、その経歴をさらっと聞くに、かなり筋が悪い相手とも付き合いがあっても不思議ではない。ルールとルールの隙間を縫うような手段を使う可能性は、それなりに高い。
問題は、それがどういう手段なのかだ。
「シーステイア、何か気になる単語はあったか?」
『……『タカサキゲン』を使うか、と。その人物が何者かは知りませんが』
「たかさきげん……??」
睦月の表情が青ざめた。
「高崎ゲン……有名な迷惑系ユーチューバーよ。そいつにイルシアを盗撮させて、その上で改めてイルシアのことを公表する。そのぐらいはやってもおかしくない」
「そんなのともコネがあるのか?厄介だな……」
ノアが重々しく頷く。
『ラピノに見回りは強化させる。あそこの入り口は1箇所だけだから、守りやすいといえば守りやすいわ。問題は、そいつを見つけた後どうするか。
ガラルドもそうだけど、アムルも邪魔者の始末は躊躇わないわ。人を殺すことはもちろん、傷つけることすらダメなんでしょ』
「だろうな。理想は、そいつが来る前に阪上市長の行動を封じてしまうことだが……奴にスキャンダルとかは」
片桐が目を閉じ、何かを思案している。
「正直、色々あるとは聞いてます。ただ、それを誰も公にしようとしない。私たちにしたように、当事者の弱みを使って黙らせているのかもしれません」
「逆に言えば、すねに傷はたくさんあるということですか」
「そうなりますね」
なるほど、こちらから攻めることも、不可能ではないということか。さしあたり、相手の出方が分かっただけでも大きい。
「シーステイア、ありがとう」
彼女は頰を染めて、コクンと頷いた。
『……これも、イルシアの……ためですから』
*
「まーた面倒なことになったわねえ」
オンライン会議で篠塚社長が苦々しげな顔になった。
「高崎ゲンのことはご存じですか」
「そりゃあもう。クライアントがあいつの標的にされないことが、私のお仕事だからねえ。
スキャンダルがなかったらでっち上げるし、法に触れないギリッギリのところを攻めてくるから厄介よ。馬鹿な若い子にはカリスマ的人気があるみたいだけど、私の見るところあれは裏で糸を引いているのがいるわね」
「黒幕がいると」
「そ。まあ大体見当は付くかな。ヤの付く商売の人間か、あるいはそれに限りなく近い立場か。
商売柄、私もそういうのには敏感なのよ。そういうのと付き合ってる気配がクライアントに少しでもしたら、すぐに関係を切るか、契約を解除するわ」
俺は隣で話を聞いているノアに、かいつまんで今の話を説明した。篠塚社長の話し言葉には横文字が多く、ノアでは少し理解しにくいところがあるからだ。
「そいツ、何とカならなイんでスか」
「私じゃどうにも。敵も多いから、誰かが匿っているって話もあったわよ。だから、イルシアが標的にされたとすれば、水際対策を徹底するしかないわねえ」
やはりそれしかないか。問題はどう守りを固めるか、そしてどう処理するかだ。
口止めだけなら多分それなりにできる。シェイダの「情動操作」がどれほどかは分からないが、一種の洗脳だとすればその場は穏当に済ませられるだろう。
問題はその後だ。阪上がどんな手を打ってくるかは、さっぱり読めない。より荒っぽい方法を使わないとも限らない。
来週の日曜まで持ちこたえられれば話は別だ。イルシアの存在を公にした後なら、話はどうとでもなる。その機が熟すまで、阪上をどう抑え込むか。
ツンツン、とノアが俺をつついた。
『直接、サカガミに圧力はかけられないの?すねに傷があるって、カタギリは言ってたけど』
「こちらから脅す、ってことか……でもどうやって」
ニッとノアが笑った。
『あたしに考えがあるわ』




