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『……追っ手、か』
ゴイルが天井を仰いだ。ドン、とガラルドが机を叩く。
『どこに来るかは分かってんだろ??ならそこに先回りして、迎え撃てばいいだけじゃねえか!!』
『……あんたね。そんなんだから外出制限かかっていると理解しなさいよ。この世界の法律は、シムルよりずっとうるさいのよ』
ノアが溜め息交じりに言う。昨日の疲れはすっかり取れたようで、声には張りが戻っている。
『は??じゃあこっちにみすみす来させるってのかよ!?』
『あたしたちは相手方の情報をあまりに知らない。本当にイルシアに来て、ウィルコニアや御柱様を奪おうとしているのかも知らない。それに、この日本って国の有力者が向こう側に付いてるなら、ヘタにちょっかいを出そうものなら大火傷するわよ』
シェイダもノアに同意する。
『そうね。幸い、まだ何日かある。それまでに何とかしなきゃだけど……トモ、何か考えはある?』
「……少し考えさせてくれ」
鍵を握るのはラヴァリだ。こいつはかなりの情報を持っている。ただ、少ない面会時間ではろくに話もできない。保釈なり何なりで、一度彼の身柄を確保した方がいいのは分かっている。
ただ、現実的に保釈は難しいことが分かってきた。刑事訴訟法89条により、「住所と氏名が分からない者は保釈対象にならない」ためだ。今から弁護士を雇って動こうにも時間がかかる。
そうなると、勾留期間の期限切れを待つか。ラヴァリに戸籍はなく、まず間違いなく不起訴だろうと岩倉警視監は言っていた。勾留期間は最大10日、このままなら明日には釈放されるはずだ。
問題は、この勾留期間は10日延長できるという点だ。重大事件の場合はほぼ延長されると思った方がいい、らしい。警察官に重傷を負わせたということからして、ラヴァリの勾留はさらに長引く可能性が高い。
実際、その辺りの状況がどうなっているのかは俺には分からない。ただ、楽観はしない方がいいだろう。とりあえず必要なのは、現状把握だ。
「これから、一度ラヴァリに話を聞きに行こうと思う。援軍の話を聞いて、少し心が動くかもしれない」
『……なるほど、失敗者は消す、ということね。まあ帝国の連中ならやりそうな話よねえ』
「俺たちはラヴァリが来た真意や、ここにいるシムルからの移住者の情報もろくに取れてない。意外と奴の口が堅いのもあるが、そろそろ勝負に出ないといけないな」
シェイダが「うーん」と唸った。
『尋問かあ……上手く行くか分からないけど、あの子連れて行く?』
「あの子?」
『近衛騎士団副団長のシーステイア』
隣のノアが、あからさまにげんなりした顔になった。
『彼女?……苦手なのよね』
『一応は幼馴染みでしょ。ノアとシーステイアと、それにガラルドでひとくくりだったじゃん』
『幼馴染みというより、腐れ縁でしょ……。どうしてシェイダから、シーステイアが生まれたのかしら』
『私が聞きたいわ。あの子の父親の性格が強く出たんだろうけど』
……ちょっと待った。
「シェイダ、子供がいたのか??」
『あー、言ったことなかったわね。一応、いるわよ。ノアの一つ下で、近衛騎士団副団長やってるシーステイアがそう。
私に似ず、随分と堅っ苦しい子に育っちゃったけどねえ。私とはろくに話そうともしないし』
エルフは見た目の年齢と実年齢が全然違うと聞いていたが、ノアと同年代の子供がいたとは驚いた。シーステイアというと、あの気の強そうなおかっぱの女性か。
「なぜ彼女を連れて行けと?」
『あの子の使う魔法は私と少し似ててねえ。『情動把握』があの子の得意魔法なのよ。私みたいに感情を自在に操作はできないけど、触らずとも相手の思考や記憶を読むことができる。
例えば行動の先読みなんかもできるわね。剣術やらせたら、なかなかのものよ』
なるほど、常時先読みができるのならそれは確かにかなり強いだろう。……ということは。
「ラヴァリの所に連れて行けば」
『そ。黙っててもある程度思考は読み取れちゃうってわけ。それで揺さぶりかければ、何かしらの収穫があるんじゃないかしら』
*
『気が進まないわね』
近衛騎士団の詰所に向かう途中、ノアが小さく溜め息をついた。
「そんなに相性がよくないのか」
『というより、規則規則ってうるさいのよ。融通が利かなすぎる、というのかしら。
この前だってそう。『可及的速やかに食糧を確保するには、力によるしかない』って言ってたらしいし』
「学級委員長タイプか」
『何のことか分からないけど、まあ面倒な子なのよ。……って着いたわね』
近衛騎士団の詰所は3階建ての宿舎みたいな建物だ。見ようによっては学校のようにも見える、シンプルなデザインではある。横に体育館みたいな別の建物があるが、あれが訓練所だろうか。
入り口の兵士にノアが話しかけてしばらくすると、小柄で金髪のおかっぱの女性が出てきた。確かに、よく見ると耳が少し長い。ハーフエルフ、というやつなのだろう。
表情は無表情、というより険しい印象すらある。あの明るいシェイダの娘とは考えられないほどだ。
『なんの用ですか、ノア』
『……ちょっとこれから、王宮の外に一緒に着いてきてもらいたいのよ』
ノアが事のあらましを一通り説明すると、シーステイアは小さく首を横に振った。
『なりません。今日は剣術の稽古を付けねばなりませんから』
『あのねえ……稽古と国の一大事、どっちが大事なのよ』
『決められたことはやらねばなりませんから。何か問題でも?』
『問題しかないわよ。あんたね、そういうとこ本当に直した方がいいわよ?』
『直す必要性は?』
ノアが頭に手をやった。なるほど、確かにめんどくさい人物だな。
「すまん。この前少しだけ会ったが、町田という者だ。この国を攻めてくる奴がいるかもしれない。ラヴァリから情報を得るのは、イルシアの安全保障という意味で極めて重要なことなんだが、協力はお願いできないか」
『攻めてくる蓋然性は?』
「分からない。だから君を同行させろと、シェイダが言っている」
『……母様ですか』
彼女の顔に、初めて感情らしいものが見えた。嫌悪、か。
「仲が悪いのか」
『売女に言われる筋合いはないので』
「随分な言いようだな……だが、イルシアの今後を考える上では必要なことなんだ。俺からも、頼む」
『いえ、決まりは決まり……』
『何やってんだお前ら』
シーステイアの後ろから、ぬっと大男が顔を出した。ガラルドだ。
『だ、団長っ!??』
『何ビビってんだよ。……ってノアとトモか。さっきの話だな』
ノアがガラルドに視線を向けた。
『ええ。シーステイア、何とかならない?上司でしょ、一応』
『あー……そうだな。ぶっちゃけ、敵が来るってんならそいつを縊り殺さにゃならん。その下準備も必要ってワケだ。だから俺はシェイダさんの意見は至極ごもっともだと思ってる』
シーステイアの表情が曇る。
『……団長は、母様に甘すぎます』
『いや、甘いっていうより怖えんだよ。お前、娘なら分かるだろ??』
『……団長は、私が行くべきだと思ってますか』
『ああ?決まってるだろ、イルシアのためなら行かねえ手はないだろうが』
シーステイアの目が泳ぐと、しばらくして小さく『分かりました』と答えた。随分な豹変ぶりだ。
『よし。じゃあ外の様子を俺に教えてくれや。アムルの目がきつくて、ろくにここを出れやしねえ』
ガラルドが去ると、シーステイアはさっきより大きな溜め息をついた。
『……じゃあ、行きますよ』
俺はちらりとノアを見た。やれやれと言いたげに、彼女は肩をすくめる。
「どういうことなんだ?」
ノアはシーステイアに分からないよう、日本語でこう言った。
「シーステイアは、ガラルドのこトが好キなんでス」




