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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
第9話「エムエスPR社長・篠塚まゆみと公設第一秘書・郷原美樹」
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9-6


「お待たせしました」


「ギャストロ」の前で、睦月と片桐は既に待っていた。俺たちの姿を見ると、深々と一礼する。


「ご足労いただきありがとうございます」


片桐の表情は硬く、睦月は俯き気味だ。噂に聞いていたとはいえ、元恋人が不倫していたのが事実だと知ったのは、なかなか精神的に来るものがある。


「とりあえず入りましょう。こちらも話したいことがある」


席につくと、俺たちはドリンクバーを注文した。綿貫だけチョコレートパフェも一緒に頼んでいる。さっきかき氷を食べたばかりだというのに、よく甘いものばかり口に入るな。


ファミレスの薄いコーヒーを口にして、俺は話を切り出した。


「まず、改めて申し上げますが今回の件は非常に遺憾です。こちらとしては、まずドローンで撮影したデータを公開しないこと、そしてその消去が話の前提になります。頂けますか」


「……途中までですが」


睦月がUSBメモリを出してきた。随分とあっさり出してきたことに、俺は拍子抜けする。

片桐を見ると、諦めたように首を横に振った。


「本当に、いいんですね」


「こちらとしては、反論の余地もない。信じてくれるかは分からないが、本意ではなかった、とだけ言っておきます」


「市長が強請り、ですか。しかしなぜそこまで」


片桐の代わりに、綿貫がソフトクリームを口にして答える。


「さっきも言ったが。阪上はスノッブでポピュリストだ。あいつは自分が目立つことしか考えてない。強請りだってするだろうよ。

実際、民自党の支援を受けて当選しておきながら、女性票が取れると見るや否や立社党に接近しやがった。

そう考えると僕の見通しが甘かったのは、認めるしかない。このまま行くと、オヤジがぶちキレるな。たとえこの場は収まっても、市長を止めることができない」


動画でイルシアへの支持を作ろうとしている現状、C市がしゃしゃり出るのは不都合極まりない。何より、場所が完全に割れるのは完全によくないことだ。

そして。国と市が対立関係になるのも、かなりマズい。互いが権利を主張し合えば、ファンタジーランドの建設予定地に住むイルシア住民の意思は宙に浮く。


そしてその帰結が酷いことになるのも目に見えていた。俺たちと違い、イルシアの人々にとって暴力の行使に対するハードルはかなり低いからだ。


つまり、ここで片桐と睦月をそのまま帰しても、ろくなことにはならない。



とすれば……



俺はしばらく考えた後、口を開いた。


「……片桐副市長。私たちがあなたたちと話そうと思ったのは、糾弾のためじゃない。取引のためです」


「……取引?」


「ええ。詳しくは後で話しますが、国も完全にはイルシアの人々の味方じゃない。むしろ害をなす可能性すらある。そこで、あなた方には是非協力して頂きたい……というわけです。そもそも、なぜ私たちがあの場にいたと思いますか?」


「……見当もつきませんな」


俺は身を少し乗り出した。


「動画配信のためですよ。しばらく、私たちの話を聞いてくれますか」



一通り説明が終わると、コーヒーはすっかり冷め切っていた。俺はそれを口にする。


片桐と睦月は、終始無言だった。こちらの真意を探っているのかもしれない。俺は2人の顔を交互に見た。


「彼らの求めるものは平穏です。それが脅かされないならば問題はない、ということです。

遅かれ早かれ、イルシアのことはバレる。ならば先手を打って情報発信をしてやろうというこになります。

もちろん、場所についてもそのうち公になるでしょう。その際にそちらがどうするかは別の問題ですが、それまではこちらの情報発信に協力頂きたいのです。今回のことはその代わり、不問にしましょう」


「協力……具体的には?」


「ロケ地の紹介とセッティング。場所はC市でなくても構いませんが。そして、阪上市長には『現地と協力して動くため、公表は待って欲しい』と伝えてください」


綿貫がうーんと唸った。


「そこまで簡単に行くか?あいつの性質上、手ぶらで帰ってきて『はいそうですか』とはならない気がするが」


片桐もそれに同意する。


「市長はかなり前のめりです。今回の件も、情報公開を急ごうとした結果でもある。

このまま帰ったら、間違いなく私たちを改めて脅すでしょう。場合によっては、そのまま関係を公にするかもしれない」


確かにそれはその通りだ。どうするのが最適なのか……


その時、ずっと黙っていた睦月が手を挙げた。


「……いっそのこと、この計画を市長に上げた方がいいんじゃないかしら」


「え?」


「動画で地慣らしをした上で記者会見を行う、と。そのための仕込みの期間として2週間は黙っておいて欲しいと説明するの。

ちょうど国がイルシアに入るタイミングで、こちらも公表に踏み切る。そこからどうなるかは、ちょっと分からないけど」


「なるほど、手ぶらで帰ってきたわけではないと説明するわけか。そして、より効果的にC市をアピールするにはこちらの方がベターだと」


「そういうこと。ただ、そっちの事情も分かるから、極力場所は分からないようにするわ。これなら、阪上市長も文句は言わないと思う」


綿貫が「悪くないかもな」と呟いた。俺も首を縦に振る。


「市長の説得、行けるか」


「やるだけやってみる」


俺は安堵の溜め息を漏らした。それと同時に、一つの疑問が浮かんでくる。


「なあ、少しいいか。全然違う話なんだが……本当に、不倫しているのか」


俺の問いに片桐と睦月が顔を見合わせ、辛そうな表情になって頷いた。


「そうと言われればそう。むしろ、それよりも酷いことをしているかもしれない」


「……それはどういう」


睦月は倫理観の強い女だ。そんな彼女が不倫というのは、やはりどうしても結びつかない。


片桐が小さく首を振った。


「そこは……勘弁してもらえますか」


「……それは、どういう」


「知ればあなたたちも激怒するかもしれない。ただ、やむを得ない事情があったとだけ言っておきます」


睦月を見ると、涙目で俯いている。のっぴきならぬ何かがあるのは察した。だが、そこに踏み込むのは、今日の主題じゃない。


「……分かりました。これ以上は言わないことにしておきます」


妙な引っかかりを感じながら俺は引き下がった。



この時問い詰めなかったことを後悔するのは、もう少し先のことだ。




綿貫たちと別れ、家には俺とノアだけになった。まだ回復しきっていないらしく、彼女は2階で寝ている。

明日朝、C市との件は説明しなきゃいけないな。まあ、事情と経緯を話せば分かってくれるだろう。


ふと気になって、射手矢に電話をかけた。多分今日の収穫はないだろうが、深入りしないようにと念を押すためだ。柳田は想像以上に危険な男かもしれない。


7コール目で電話を切ろうとした時、射手矢が「もしもし」と電話に出た。


「……すまないな、夜遅くに。どうだった」


「夜回りはやっぱり空振りだ。というかとりつく島もないな。ただ、一つ気になることが分かってね」


「気になること?」


一拍置いて、射手矢が口を開く。



「柳田官房副長官、週末から青森に出張らしい。秘書が口を滑らせた」



……ゾクン。



俺の心拍数が一気に早まった。これは、想像以上にまずいかもしれない。



帝国からの援軍が、近いうちにこちらに来る可能性を意味しているからだ。




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