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「お待たせしました」
「ギャストロ」の前で、睦月と片桐は既に待っていた。俺たちの姿を見ると、深々と一礼する。
「ご足労いただきありがとうございます」
片桐の表情は硬く、睦月は俯き気味だ。噂に聞いていたとはいえ、元恋人が不倫していたのが事実だと知ったのは、なかなか精神的に来るものがある。
「とりあえず入りましょう。こちらも話したいことがある」
席につくと、俺たちはドリンクバーを注文した。綿貫だけチョコレートパフェも一緒に頼んでいる。さっきかき氷を食べたばかりだというのに、よく甘いものばかり口に入るな。
ファミレスの薄いコーヒーを口にして、俺は話を切り出した。
「まず、改めて申し上げますが今回の件は非常に遺憾です。こちらとしては、まずドローンで撮影したデータを公開しないこと、そしてその消去が話の前提になります。頂けますか」
「……途中までですが」
睦月がUSBメモリを出してきた。随分とあっさり出してきたことに、俺は拍子抜けする。
片桐を見ると、諦めたように首を横に振った。
「本当に、いいんですね」
「こちらとしては、反論の余地もない。信じてくれるかは分からないが、本意ではなかった、とだけ言っておきます」
「市長が強請り、ですか。しかしなぜそこまで」
片桐の代わりに、綿貫がソフトクリームを口にして答える。
「さっきも言ったが。阪上はスノッブでポピュリストだ。あいつは自分が目立つことしか考えてない。強請りだってするだろうよ。
実際、民自党の支援を受けて当選しておきながら、女性票が取れると見るや否や立社党に接近しやがった。
そう考えると僕の見通しが甘かったのは、認めるしかない。このまま行くと、オヤジがぶちキレるな。たとえこの場は収まっても、市長を止めることができない」
動画でイルシアへの支持を作ろうとしている現状、C市がしゃしゃり出るのは不都合極まりない。何より、場所が完全に割れるのは完全によくないことだ。
そして。国と市が対立関係になるのも、かなりマズい。互いが権利を主張し合えば、ファンタジーランドの建設予定地に住むイルシア住民の意思は宙に浮く。
そしてその帰結が酷いことになるのも目に見えていた。俺たちと違い、イルシアの人々にとって暴力の行使に対するハードルはかなり低いからだ。
つまり、ここで片桐と睦月をそのまま帰しても、ろくなことにはならない。
とすれば……
俺はしばらく考えた後、口を開いた。
「……片桐副市長。私たちがあなたたちと話そうと思ったのは、糾弾のためじゃない。取引のためです」
「……取引?」
「ええ。詳しくは後で話しますが、国も完全にはイルシアの人々の味方じゃない。むしろ害をなす可能性すらある。そこで、あなた方には是非協力して頂きたい……というわけです。そもそも、なぜ私たちがあの場にいたと思いますか?」
「……見当もつきませんな」
俺は身を少し乗り出した。
「動画配信のためですよ。しばらく、私たちの話を聞いてくれますか」
*
一通り説明が終わると、コーヒーはすっかり冷め切っていた。俺はそれを口にする。
片桐と睦月は、終始無言だった。こちらの真意を探っているのかもしれない。俺は2人の顔を交互に見た。
「彼らの求めるものは平穏です。それが脅かされないならば問題はない、ということです。
遅かれ早かれ、イルシアのことはバレる。ならば先手を打って情報発信をしてやろうというこになります。
もちろん、場所についてもそのうち公になるでしょう。その際にそちらがどうするかは別の問題ですが、それまではこちらの情報発信に協力頂きたいのです。今回のことはその代わり、不問にしましょう」
「協力……具体的には?」
「ロケ地の紹介とセッティング。場所はC市でなくても構いませんが。そして、阪上市長には『現地と協力して動くため、公表は待って欲しい』と伝えてください」
綿貫がうーんと唸った。
「そこまで簡単に行くか?あいつの性質上、手ぶらで帰ってきて『はいそうですか』とはならない気がするが」
片桐もそれに同意する。
「市長はかなり前のめりです。今回の件も、情報公開を急ごうとした結果でもある。
このまま帰ったら、間違いなく私たちを改めて脅すでしょう。場合によっては、そのまま関係を公にするかもしれない」
確かにそれはその通りだ。どうするのが最適なのか……
その時、ずっと黙っていた睦月が手を挙げた。
「……いっそのこと、この計画を市長に上げた方がいいんじゃないかしら」
「え?」
「動画で地慣らしをした上で記者会見を行う、と。そのための仕込みの期間として2週間は黙っておいて欲しいと説明するの。
ちょうど国がイルシアに入るタイミングで、こちらも公表に踏み切る。そこからどうなるかは、ちょっと分からないけど」
「なるほど、手ぶらで帰ってきたわけではないと説明するわけか。そして、より効果的にC市をアピールするにはこちらの方がベターだと」
「そういうこと。ただ、そっちの事情も分かるから、極力場所は分からないようにするわ。これなら、阪上市長も文句は言わないと思う」
綿貫が「悪くないかもな」と呟いた。俺も首を縦に振る。
「市長の説得、行けるか」
「やるだけやってみる」
俺は安堵の溜め息を漏らした。それと同時に、一つの疑問が浮かんでくる。
「なあ、少しいいか。全然違う話なんだが……本当に、不倫しているのか」
俺の問いに片桐と睦月が顔を見合わせ、辛そうな表情になって頷いた。
「そうと言われればそう。むしろ、それよりも酷いことをしているかもしれない」
「……それはどういう」
睦月は倫理観の強い女だ。そんな彼女が不倫というのは、やはりどうしても結びつかない。
片桐が小さく首を振った。
「そこは……勘弁してもらえますか」
「……それは、どういう」
「知ればあなたたちも激怒するかもしれない。ただ、やむを得ない事情があったとだけ言っておきます」
睦月を見ると、涙目で俯いている。のっぴきならぬ何かがあるのは察した。だが、そこに踏み込むのは、今日の主題じゃない。
「……分かりました。これ以上は言わないことにしておきます」
妙な引っかかりを感じながら俺は引き下がった。
この時問い詰めなかったことを後悔するのは、もう少し先のことだ。
*
綿貫たちと別れ、家には俺とノアだけになった。まだ回復しきっていないらしく、彼女は2階で寝ている。
明日朝、C市との件は説明しなきゃいけないな。まあ、事情と経緯を話せば分かってくれるだろう。
ふと気になって、射手矢に電話をかけた。多分今日の収穫はないだろうが、深入りしないようにと念を押すためだ。柳田は想像以上に危険な男かもしれない。
7コール目で電話を切ろうとした時、射手矢が「もしもし」と電話に出た。
「……すまないな、夜遅くに。どうだった」
「夜回りはやっぱり空振りだ。というかとりつく島もないな。ただ、一つ気になることが分かってね」
「気になること?」
一拍置いて、射手矢が口を開く。
「柳田官房副長官、週末から青森に出張らしい。秘書が口を滑らせた」
……ゾクン。
俺の心拍数が一気に早まった。これは、想像以上にまずいかもしれない。
帝国からの援軍が、近いうちにこちらに来る可能性を意味しているからだ。




