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「ノアッ!!あれを撃ち落としてくれっ!!」
『えっ!?何!??』
「多分あれにはカメラが付いてる!!俺たち以外の誰かが、ここを撮影している!!」
ノアはすかさずバッグから銀のロッドを取り出し、それを勢いよく宙に向かって振った。
『魔刃!!!』
見えない魔力の刃が放たれ、ボンッという音と共にドローンは砕け散った。
『ハアッ、ハアッ……何よ、あれっ……!!?』
ノアが疲労からかへたり込む。既に、撮影のために浮遊魔法を使っているのだ。綿貫も篠塚社長も、困惑した様子を隠せない。
「おい、あれは一体……」
綿貫の言葉に、俺は数秒考えて口を開いた。
「……可能性は3つだ。まず政府の誰かが、俺たちに無断でドローンを飛ばした可能性。だが、それにこっちが気付いたら友好協定どころじゃなくなる。さすがにそこまで馬鹿じゃないはずだ。
もう一つ考えられるのは、全く知らない誰かが、ドローンを飛ばしていたらここに行き当たった、だが、こんな何もないド田舎で、撮影用ドローンを飛ばすような奇特な奴がいるとは思えない。
多分、一番ありそうなのは……C市の誰かの暴走だ」
俺は急いでスマホを手にした。幸い、睦月の携帯番号はまだ残っている。余程のことがない限り、この番号はそのままのはずだ。
「もしもし」
4コール目で睦月が電話に出た。俺は大きく深呼吸する。……まだ、あのドローンの操縦者がC市の誰かだと決まったわけではない。
「今、どこにいる」
「……市役所よ。職務時間中だから、後にして」
耳を澄ますと、わずかに自動車のエンジン音が聞こえた。……睦月は外にいる。
見え透いた噓をつく、ということは……恐らく俺の仮説は正しい。怒りを抑えながら、極力ゆっくりと俺は言葉を紡ぐ。
「そこに、片桐副市長がいるはずだ。ドローンの件で、とだけ伝えてくれ」
数秒の間があった。そして、予想通り「もしもし」と片桐の声が聞こえた。
「やはりあなたか。どういうつもりだ」
「まだその土地は西部開発の所有です。国が動いているのは確かですが、こちらにも現状確認の義務がある」
「にしてもやり方があるはずだ!こんな姑息な真似をしてれば、信頼関係も何もへったくれもないぞ!?」
思わず声を荒げると、片桐がしばし黙った。
「何か言ったらどうなんだっ」
「……こちらにも、急がなければいけない事情があるんですよ」
「はあ??」
「是が非ともです。無茶なのはこちらも承知の上」
片桐の声色は重く沈んでいる。何か妙だ。
綿貫が「スマホを貸せ」と身振りをした。確かに、綿貫の方が片桐には圧力をかけるには向いている。俺は無言で綿貫にスマホを手渡した。
「電話代わりました。衆議院議員の綿貫です。そちらは」
「……C市副市長の片桐です。どうしてあなたが!?」
スマホはスピーカーモードになっている。情報を共有しようということか。
「僕と彼らとの関係を説明するのは後回しです。あのドローンを飛ばしたのはあなたたちですね。
あなたたちも、国がこの件で動いているのは知っているはずだ。にもかかわらず、なぜこういうことを?」
片桐が黙り込む。これまでの片桐の言動からして、どうにも妙だ。今までの彼は、言動にほとんど迷いがなかった。沈黙でごまかすようなタイプではない。
10秒ほどして、ようやく片桐が口を開いた。
「……上司命令、とご認識ください。私も、こんなリスクのある性急な手段は望まなかった」
「上司……阪上龍一郎市長ですか?」
再び片桐が黙った。
「沈黙は肯定と受け止めますよ。……まあ、彼らしいと言えば彼らしいやり口ですね」
「市長?イルシアの情報が、どこかから漏れていたのか?」
驚く俺に、綿貫は苦々しげに首を縦に振る。
「大方、西部開発内部に市長に近い人間がいるんだろう。お前、阪上市長がどういう人間か知らんのか」
「あいにく市政には全く関心がなかった。そんな問題のある人物なのか」
「若さと半端な弁舌、パフォーマンスだけで市長になったスノッブだ。11区の佐藤先生も彼には心底うんざりしている。自分が目立てるようなら、爺の尻だって舐めるような奴だよ」
綿貫は再びスマホの受話器に顔を向けた。
「どうせ彼のことだ、ここのことを知ったので、急ぎ調査しろとあなたたちに激怒したのでは?
頓挫していた『ファンタジーランド計画』を再生させるには、もってこいの状況ですから」
「……地域活性化は必要です。その点だけは私と彼は一致している」
「だが、やり口はかなり違う。ファンタジーランドだって、本来ならもう少し地域環境に配慮した、年齢層高めのリゾート計画にするはずだったと聞いてます。
それを子供だましのクオリティの低いテーマパーク構想にすり替えたのは阪上市長だ。僕もその辺りの事情ぐらいは知っているし、市の現場職員が不満を持っているのも聞いている。
それだけに、あなたが唯々諾々とイルシアとの信頼関係に致命的な亀裂を入れるような行為に協力するのは理解できない。どういう事情なんですか」
受話器の向こうで、何やら話し声がする。誰かと一緒なのか。
しばらくすると、別の女性の声がスマホから聞こえた。
……睦月だ。
「すみません。私の責任です」
「……あなたは?」
「片桐さんと交際しているものです。市長は、私と片桐さんの私的な関係を知っていて、動かないならこの件を公にすると」
「なるほど、強請りですか。ということは、不倫関係と?」
「……法的には、そうなります」
チッ、と綿貫が舌打ちをした。
「とりあえず、一度ちゃんと話した方がよさそうですな。こちらも動ける状態になったので、30分後メドにどこかで落ち合いましょう。町田、適したところはあるか?」
「国道沿いの『ギャストロ』だな。ノアは……無理そうだな」
ノアはぐったりとしてて回復まではかなり時間がかかりそうだ。そもそも、意識があるのかすら疑わしい。綿貫の秘書に看病を任せて動くしかないか。
「えっと、動画はそのまま進めちゃっていいんだよね?」
俺は困惑気味の篠塚社長に頷く。
「そっちはそのままお願いします。とりあえず、俺と綿貫だけでC市の人間と話さないといけないので、いったん俺の家で待機してください」
俺はノアがさっきの会話を聞いていないことを祈った。イルシア側が知れば、少なくともC市との関係構築は絶望的だ、C市市街地に乗り込むなど、最悪の事態も考えられる。
とりあえずは、ノアが起きる前にこの話を穏当にまとめなければならない。




