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「で、何だってわざわざC市まで行かなきゃならんのですかね」
「そりゃ記念すべき第1回の動画を撮るためよ。時間に余裕はないんだから、最短距離で走らないと」
助手席の綿貫が溜め息交じりに振り向くと、篠塚社長は呆れながら返した。レクサスLSは、綿貫の秘書である郷原美樹の運転で
俺は真ん中にノアを挟むように後部座席に座っていた。向こうの篠塚社長に声をかける。
「第1回?」
「そ。まずは簡単なイルシアの全景とノアちゃんの紹介。魔法使いであることを見せた上でが望ましいけど、何か適当なアイデアある?」
「ノアが空を飛びながら上空からイルシア王宮を撮影する、ですかね。ドローンでの撮影と疑われないように、下からも彼女を映す必要がありますが」
「機材なら一応持ってきてるわよん。上空からは、ハンディカメラで撮って、実況してもらおうかしら。具体的には、着いてから指示するわ」
「実況?日本語で、ですか」
ノアの日本語はまだまだ拙い。何より、日本語だと何故か不思議と大人しい振る舞いになってしまう。
一度それについて訊いたことがあるのだが、『間違っちゃいけないと、丁寧すぎる表現になっちゃうのよね』と答えていた。
約10日間生活を共にしてきて、ノアには妙に気の弱いところがあることがあるのが分かってきた。「自分の得意分野でないことに対しては慎重になる」という方が正確なのかもしれない。
今回の動画計画についても、どうにもビクビクとした言動が目立っている。慣れればその辺りは何とかなるのだろうか。
『私の言葉、分かりますか?』
ノアがシムル語で篠塚社長に話しかけると、彼女の目が驚きで見開かれた。
「あっ、うん、分かるけど!?えっ、でもこれ日本語じゃないよね?」
『よかった、念話が通じた。両方使うのじゃ、ダメですか?こっちの言葉の方が、自由に話せますし』
「ああ……でも翻訳は……って喋ってる意味が分かるなら、字幕使えば何とかなるか」
『じまく?』
「あー、動画とかない世界から来たわけだからね。言葉で画面上に内容を表示するってこと。そっちの方が異世界っぽさが出てベターかもねえ」
ノアがほっとした様子になる。確かに、そっちの方がノアの良さは出るだろう。
『ありがとうございます、安心しました。それが終わったら、その、『食レポ』ってのですか。何をすればいいんですか?』
「食事を食べて感想を言うだけよ。記念すべき第1回だから、お店は極力インパクト十分のところがいいんだけど。町田君だっけ、心当たりはある?」
俺は腕を組む。ちんたつラーメンだと、イルシアに少し近すぎるな。となると……
「『麻美冷蔵』のかき氷とか、ですかね」
「かき氷かー。夏だしタイムリーだねえ。有名なところなの?」
「C市では一番知られている店かと。少しベタかもしれませんが」
「まあ最初はベタぐらいがちょうどいいよ。……ってここ、夕方までしか開いてないのか。じゃあ先に食レポだねえ」
「それがいいと思います。魔法使うと、ノアはかなり疲れますし」
『かき氷、ってこの前食べたヤツだっけ』
ノアが目を輝かせながら割って入ってきた。
「ああ。そことは違うが、多分日本でもトップレベルの店だな」
『へー、楽しみ!トモも行ったことあるのよね』
「……ま、一応」
睦月と付き合っていた頃以来か。さすがにそれを口に出すのは、ノアに悪い。
綿貫も興味深そうにこちらを向いた。
「かき氷か、そんなに面白い店なのか」
「天然氷を使っているとこだな。まあ、間違いのない店だ」
「そこまで言うか。なら楽しみにしておこうかな。……美樹もどうだ」
「……いえ、私は」
か細い声で秘書が言う。そこまで遠慮がちになることもないだろうが、どうにも妙だ。綿貫も渋い顔になる。
「お前はいつもそうだな。少しは楽しんだらどうだ」
「……私は、職務中なので」
「……少しはわがままを言ってくれてもいいんだが」
秘書は無言で首を横に振る。綿貫は「ったく」と舌打ちした。
「……いい加減、素直にならないか」
どうにもこの二人の関係は不自然だ。ただの議員と秘書という関係ではないが、かといって愛人とかそういうものでもないように見える。
『喧嘩……じゃないよね。まゆみさん、背景ご存じなんじゃないですか』
ノアが篠塚社長に訊いた。彼女は額に皺を寄せ、ノアに耳打ちする。
「知ってるけど、ここじゃ話せないわね」
『……分かりました』
ノアが前の2人をじっと見た。そして『ああ、そういう……』と何か合点したように呟く。
「何か分かったのか」
『ん、何となくね。シェイダなら多分もっと正確に分かるけど、もしあたしの予想が正しければ、間違いなくワケあり』
篠塚社長はノアの言葉に何の反応も示していない。「念話」のリンクを切っているようだ。
『どういう意味なんだ』
『わずかに感じる精気の質が、とてもよく似てるの。親戚、あるいは兄妹かもね』
『……は?』
綿貫に妹がいるという話は聞いたことがない。そもそもそこまで互いのプライベートには立ち入っていないから、知らない方が自然だが。
だが、仮に兄妹だとしたら随分とぎこちない。ぎこちない、というよりは敢えて互いに距離を作ろうとしているように見える。
……まさか、そういうことか。
「……どうした」
「いや、何でもない」
訝しげな綿貫の質問を、俺は適当に受け流した。この推測は、奴に言ってはならない類のものだ。
綿貫とあの秘書は、腹違いの兄妹じゃないか。そして、奴は……彼女に肉親以上の感情を抱いている。
俺は首を振った。どうにも安っぽい小説の読み過ぎのようだ。あるいは、昨日ろくに寝てないせいか、頭の回転が妙な方向に行ってしまっているのか。
そう思うと、急激に睡魔が襲ってきた。まだどうにも睡眠が足りてないらしい。
*
『トモ、着いたよ』
「ん……」
目覚めると、既に「麻美冷蔵」に着いていた。ノアも『ふぁーあ』と欠伸をしている。篠塚社長が言うには、あの後俺たちはすぐに揃って寝てしまったとのことだ。
「ちょっと撮影の許可をもらいに行くから、そこで待ってて。というか、まだ行列できてるのねえ」
秘書を車内に残し、俺たちは車を降りる。むわっとした夏の熱気が、肌にまとわりついた。
「いいのか、あの秘書は」
「まあ、本人が言うから仕方ないな。僕は動画に写らないところで、かき氷でも食べてるさ」
店の前には数人の行列ができていた。昼のピーク時には1時間待ちはざらだから、これは相当ツイている方だろう。
その時、俺の携帯が震えた。……射手矢からだ。
「もしもし」
「お、町田か。昨日は助かった、民自党の柳田官房副長官の話、助かったぜ。政治部の連中にそれとなく聞いて、うっすらとだがそれっぽい情報が入った」
心拍数が一気に上がる。来たかっ。
「どういう情報だ?」
「柳田には随分前から懇意にしている占い師がいるらしい。愛人じゃないかって話もあるけどね、全く裏は取れてない。
ただ、週1から週2で、そこに通い詰めているという話だ。柳田以外にも、財界の大物が太客としているってことだが」
「占い師、か」
「まあ、また聞きのまた聞きだから精度はアレだが。ただ濃厚なのは、柳田が通ってるのは六本木ヒルズのレジデンスだってことだな。
とりあえず、ダメ元で今晩張ってみる。捕まえた所で、多分何も喋らないだろうが」
「深追いはするなよ」
「分かってる。レジデンスの何号室かだけ分かれば僥倖やね」
電話を切った俺に、綿貫が近づいてきた。
「誰からだ?」
「前に少し話してた、大学時代の同級生で東日新聞の記者だ。ここにいるシムルの人間が何者なのかを探ってもらってる。
柳田官房副長官に、占い師の知り合いがいると聞いたことはないか?」
「いや、初耳だな。愛人がいるって噂はあったが、あの人はバツイチだからな。仮にそうだとしてもスキャンダルにも何にもならないから、誰も興味を示してなかった。その占い師が、六本木にいると?」
「その可能性が高そうだと」
綿貫は渋い顔になり、腕を組んで空を見上げた。
「どうした?」
「……いや、気のせいならいいんだがな。俺の親父……実の親父の方だ。亡くなる直前に、柳田に会ってるんだよ」
「……は?」
「もちろん親父の死因は脳出血であって自然死だ。俺も一瞬柳田を疑ったが、さすがに医学的な根拠は覆せないし、柳田が親父を殺す動機もない。そもそも、そんな危ない橋を渡るような人じゃないからな。
ただ、柳田って人は人の死を踏み台にして出世してきたようなところがあってな。親父以外にも、2,、3人あの人の周りでは人が死んでる。そのたびに出世してきた」
「……それ、週刊誌が追いそうな話だな」
篠塚社長がパタパタと店からやってきて、手で○を作ってみせた。撮影は大丈夫のようだ。
「その話は、かき氷でも食いながら話すか」
綿貫が重々しく頷いた。




