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「……マジか。柳田のおっさんが、シムル人と繫がってるって」
一通りの事情を説明すると、電話越しに綿貫が驚きの声を上げた。
時刻は既に21時を回っている。綿貫を完全にこちら側に付けるためにも、地均しはしないといけない。俺は手元のコーヒーを口にした後、小さく頷く。
「ああ。ただこれはあくまで可能性だ。そして、浅尾副総理の狙いはシムルやイルシアに対する利権だけじゃない。本命はウィルコニアというマジックアイテムと、ジュリというそれを発動できる唯一の人物だ。
『大転移』はこの力がないとできなかった。そして、その2つが揃えば大体の無茶な願いは叶うらしい」
「……まるで大昔の何とかボールみたいだな。オヤジは何を願おうってんだか……で、その話を柳田のおっさんが吹き込んだと?」
「と俺は思っている。ただ、確証は持てない。柳田官房副長官というのは、どんな奴なんだ」
「冷徹な実務家、ってのが派閥の評価だな。僕同様2世議員でね、オヤジの信頼は厚い。一教師に過ぎなかったオヤジがあそこまでになったのも、柳田のおっさんの助力があったからだ。
まあやたら勘が鋭いというか、嗅覚があるというか……常に先手先手を打つような人だよ。元は商社マンだったらしいが、僕も詳しくは知らない」
勘が鋭い、か。シムルの人間との付き合いは、かなり長い可能性がどうもあるな。
「とりあえず、お前も知っているだろうがここにいるらしいシムル人は、多分イルシアと敵対している。こっちも独自ルートでその居場所を押さえるよう動いてるが、そっちも何かあったら教えてくれ」
「ああ。ただ、僕もそんなには自由に動けないぞ。表立ってオヤジを裏切ることはできない」
「分かってる。柳田との関係は?」
「……まあ、亡くなった親父の件で、色々な」
答えるまでにしばらくの沈黙があった。綿貫と柳田は訳ありの関係ではあるらしい。
「了解だ。ところで、全然話は変わるんだが、確かお前自分のチャンネル持ってたよな」
「チャンネル……ああ、『綿貫公平のぶっちゃけ政治』か。まあおかげさまで盛況よ。サイドビジネスとしては旨みが大きいな」
綿貫がガハハと笑う。声がスマホから漏れたからか、風呂上がりのノアが髪を拭きながら訝しげな表情を浮かべた。俺はテーブルからソファーに移り、構わず会話を続ける。
「すまんが、あれって自分で作ってるのか」
「いや、さすがにな。PR会社の力を借りてる。何を喋ればいいか、どこまで踏み込むかも全部台本付きだ。
まあPR会社って言っても、でかいとこじゃないがな。……まさか、お前も動画チャンネル作ろうってのか?」
「察しがいいな。だが、出るのは俺じゃない」
「そりゃそうだろ、お前が仏頂面で経済やら株の解説している動画なんて誰が好き好んで……ああっ!!そういうことか!!?」
「本当に察しがいい奴だな。そう、出るのは俺じゃない。ノアだ」
ノアが俺の横に来たので、スマホの設定をスピーカーに変える。細かい会話はできないが、ノアもそこそこは日本語を理解するようになっている。ジュリほどではないが、凄まじい上達速度だ。
「トモが『ゆーちゅーぶ』にあたしを出スって言ってまス。どういうノなんでスカ?」
「ノアちゃんか!?もうそんな日本語喋れるのか……凄いな。まあ、それなら話が早いな。
要は、自分が何をやってるかとか、自分の考えとかを全世界に向けて発信できるんだよ。僕もそうやって支持者を作ってる。
設備さえあれば、本当に誰でもそれが可能なのが今の世の中だ。例えばイルシアの日常とかも紹介できる。……問題はどうバズらせるかだな」
「『ばずる』?」
「ああすまんすまん。どうやって世界中の話題にさせるかってことだ。ノアちゃんほどの美少女が魔法を使うのを見せる、というだけでも十分なインパクトにはなるとは思うんだよ。
ただ、どうやってその効果を最大化するか……そもそも、どうして動画を撮ろうって?」
「俺が説明する。平たく言えば、『イルシアのファン作り』だな。2週間の間でバズらせてイルシアの知名度を高めておけば、そうそう浅尾副総理も無茶はできない。内部調査の様子をチャンネルにアップすることもできる。
俺たちには交渉カードがないことを思い知ったんでね。せめて世論の力を味方に付けようってわけだ」
「……なるほどな。しかしそれはリスキーだぞ?バズり過ぎると、オヤジがヘソを曲げて友好協定を反故にするだろ。そうなりゃ、イルシア国民は不法滞在者として一網打尽だ」
「ああ。だから、お前の知恵を借りたい」
「ふむ……」と綿貫が唸った。俺にそういうノウハウはない。頼りになるのは、こいつだけだ。
「明日か明後日、PR会社の奴と会ってみるか?その上で方針を考えよう。場所は……そうだな、K市にするか。俺の地元だし、C市からもそう遠くないだろ。時間は午後イチ、俺の事務所でどうだ」
「分かった。よろしく頼む」
俺は電話を切ると、もう一度コーヒーを飲んだ。
……本当に上手くいくのか、自分でも確信が持てない。ノアも不安げに身を寄せてきた。
『……あたしで大丈夫なのかな』
「ノアは魔法を使っている所を見せればいい。要は異世界とイルシア、そして魔法の存在を認知させることが大事だ。それに、シェイダも協力するって言っているし」
『そうなんだけど、さ』
ノアが天を仰ぐ。彼女に意外と気の弱いところがあるのは、最近分かってきた。今にして思えば、初対面で攻撃的な対応を取ってきたのも、その裏返しだったのかもしれない。
「大丈夫だ」
俺は自分に言い聞かせるように、ノアの頭を撫でた。彼女が俺の手を取る。
……距離が、近い。
『……そうね。トモが言うなら、大丈夫よね』
不意に、ノアが顔を上げた。頰を染めながら微笑む彼女に、鼓動が速くなる。
……まずい。これ以上この距離にいると……理性が抑えられなくなる。
元々ノアは俺と距離を詰めたがっている。シェイダに指摘されるまでもなく、彼女の気持ちは理解していた。
だが、俺も恋愛経験がさほど豊富な方じゃない。こういう時に抱いていいのかどうか、そもそも時期が早すぎるのかどうか……判断がつかない。
俺は頭を振り、手元に置いてあったコーヒーに手を伸ばす。フレンチローストの苦みが、かろうじて自分の理性を呼び起こしてくれた。
「……少し早いが、今日は寝ようか」
『……そうね』
名残惜しそうにノアが身体を離す。彼女の姿がリビングから消えた後、俺は深い溜め息をついた。
……なぜ抱かなかったか、理由はうっすらと分かっている。それは「魔法使いの掟」だ。
魔法使いは「魔紋」を見せた相手と生涯を共にしないといけないらしい。つまり、彼女を抱くことは、ノアと結婚することに等しい。
自分のノアに対する感情が、異性への好意であることにはさすがに分かっている。あそこで唇を奪うことは、本来ならむしろ自然なはずだ。
それをしなかった理由は……俺に、ノアを、そしてイルシアを背負うだけの覚悟が、まだ足りていないからだ。
その日の夜は、自分の無力さと自分勝手さに対する嫌悪で、十分に寝られなかった。




