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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
第8話「副総理・浅尾肇と官房副長官・柳田俊介」
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8-3


「なるほど、状況は粗々把握したぜ」


ゴイルからシムルやイルシアについての簡単な概略を聞くと、浅尾は腕を組んでうんうんと首を縦に振った。


ここまでの所、会談は極めて穏当で、友好的な雰囲気で進められている。ただ、本番はこれからだ。ようやくそこに入ったと全員が知ったからか、部屋の空気が一気に張り詰める。


「冗談抜きで、こいつは人類史を塗り替える発見……いや、イベントだ。それだけに、俺たちとしてはお前さんたちを心の底から歓迎する。

是非ともシムル、そしてイルシアとの友好関係を築き、末永く存続させたいと思っている。今日はその第一歩だ」


『心より御礼申し上げます。して、今後につきましては』


浅尾が声のトーンを落とした。


「俺としてはお前さんたちを一つの主権国家として認めようと思っている。ただ、正式に承認するには相当なハードルを越えることが必要だ。国際社会にイルシアの、そしてシムルの存在を周知させねえといけねえからな。

だから正式な条約とかなんとかの調印は、ずっとずっと後だ。そこは承知しておいてほしい。

これから話す『日・イルシア友好協定案』は、あくまで非公式な『覚書』のラインだ。法的な拘束力はないが、条約締結に向けてのステップと理解してくれ。柳田、これを配ってくれ」


柳田が、各人にA4で30枚ほどの束を配った。もちろん、イルシア側の面子は何一つ読めるわけもなく、訝しげな表情を浮かべている。


『……これは?』


「草案だ。すまねえな、一応渡しておかねえと法的な体裁が整わねえんで、言葉が分からねえのは承知で渡しておいた。内容はこれから説明するし、そこの町田も翻訳してくれるだろうからそれで勘弁してくれ」


俺はパラパラと紙をめくった。最初の10ページほどは、存外に穏当な内容に見える。いや、むしろ想定よりずっといい。本当にこれで進めるつもりなのか??


「とりあえずだ。俺たち日本政府は、イルシアを一主権国家として認め、尊重する方針だ。国民もそのままの生活をしていいし、ここにいるうちにおいては日本の法律も適用しない。無論、イルシアが埼玉県C市東園にいるうちにおいてだが。

もっともこれは国際承認を得てからになるから、それまでは日本国の法律に従ってもらうことになる。あ、国有地の手続きは進めているからお前さんたちが追い出される心配は要らねえぜ」


『国際承認が下りるまではどのぐらい?』


「まあ、年単位だな。というか、異世界の存在を飲ませることがまあまあ大変だ。だから、それまでは日本政府はお前さんたちを保護し、守る。

ここに外敵が『向こうの世界』から来るかもしれねえんだろ?それに対してもできうる限りのことはする。とりあえずは自衛隊の配置を行う心づもりではいる。

情報開示も、極力こちらのコントロール下で行うつもりだ。C市の中には独走しようとする奴がいるみたいだが、そこの圧力は抜かりないな、柳田」


柳田が小さく頷く。


「市会議員議長の渡部氏には話を通しています」


「オーケー。あとここの集落の連中はうるさいらしいからな。あまり野次馬どもが来るのはお気にめさんだろ。

イルシアのことを公にするタイミングは、できるだけ引っ張った方がいい。というかそうしねえと中国とかが何仕掛けるか分からねえからな。町田、異存ないな」


急に話を振られビクッとした。俺は慌てて「はい、大丈夫です」と同意する。


「で、ここからが肝心な点だ。まず、こっちの世界とそっちの世界をつなぐ物って、何かあるらしいな。だから先遣隊を近いうちに派遣させてくれ」


『先遣隊?』


ゴイルの言葉に、浅尾は「12ページを見てくれ」と伝える。そこには、派遣計画の概要が書いてあった。


「まあ、調査団だな。一個小隊ぐらいの規模がないと厳しいから、準備が相当必要だが。あの……なんだ、ラヴァリって奴が持ってきたアンクレットか何かか。あれを今科捜研に色々調べさせてる。同一の物が量産できれば、行き来はかなり自由になるな」


『……!!?そんなことができるのですか??』


「分からん。まだ報告が上がってねえからな。ただ、それが空振りに終わっても、手段はまだあるはずだわな」


浅尾が身を乗り出し、声のトーンを下げた。



「お前さんたちがここに来た手段。それを教えてくれ。転移魔法というが、本当にそれだけか?」



……何??



部屋の空気が一気に冷える。俺は思わず綿貫を見た。「俺は知らないぞ」と言いたげに無言で手を振っている。

俺も、綿貫には「転移魔法でイルシアがここに来た」とまでしか話していない。聖杖ウィルコニアのことなど、細かいことを話しても無意味だと思ったからだ。



つまり……浅尾が「大転移」には聖杖ウィルコニアが必要だったと知っているわけがないのだ。この発言は明らかにおかしい。



『……何が言いたいのですかな』


ゴイルの能面のような表情がわずかに歪み、困惑と怒りが表れ始めたのが俺にも分かった。俺は慌ててレジュメの後半部分を読む。

調査団は、かなり攻撃的な内容だ。中心は陸上自衛隊の精鋭部隊、そこに学者や代表者としての政府関係者が加わるという形だ。これは転移先が戦場である可能性が高い以上、当然と言えば当然だ。

問題はその転移方法だ。「イルシア国と要調整」とある。やはり、転移においてはイルシアの協力を得ることを前提にしている。


ページをめくる。そこで、俺の表情は固まった。



「イルシア国王宮内調査」



……間違いない。浅尾は聖杖ウィルコニアを知っていて、恐らくは入手しようとしている。



「……何ですか、これは」


「ん?気に入らねえことがあったか」


「いえ……なぜこれを、協定成立の条件に入れたのですか」


俺は該当ページを指さす。浅尾が肩をすくめた。


「そりゃ当然だろ?イルシアが本当に日本の脅威にならないかを確認するためだ。今のところ問題ないとは言え、無条件で信用しろというにはあまりに問題があるからな。

当面は日本の法律に従ってもらう以上、武器類も押収する。話はそれからだ。もちろん、有害な疫病の持ち込みがないかを確認するために全員の身体検査も行わせてもらうぜ。

友好協定はあくまで『互いの信頼の上に成り立つ』ものだ。基本ルールだろ、馬鹿じゃねえのか」


嘲笑う浅尾に、俺は反論できなかった。そう、彼の言うことは正論だ。極々当たり前のことを言っているに過ぎない。だが、今の説明には不可解な点がもう一つある。



「全員の身体検査」。つまり、恐らくは「御柱」であるジュリの存在も浅尾は知っている。



ノアが『どういうことなのよ』と目で訴えかけてきた。俺はシムル語で『極めてまずい』とだけ小声で返す。

ジュリの存在は、イルシアにとって重い。数年間一歩も外に出さなかったほど、イルシアの人々は彼女を外に晒すのを恐れている。そんな彼女を色々調べられることを、彼らが許すはずがない。

しかも、彼女は明確に人外の存在だ。モルモットとは言わないまでも、長期間監禁される可能性は十二分にあり得る。


それを察したのか、ゴイルが低い声で向かいにいる浅尾に言った。


『それは……飲めませんな』


「そうか?簡単なことだろ。こんなのも許可しねえんなら、この話はなしだ。国有化の手続きも止める。粛々と不法滞在者としてしょっぴくだけだぜ」


部屋に沈黙が流れた。このままでは、確実に物別れに終わる。



何かがおかしい。



……そもそも、どうやって浅尾は綿貫にも言っていないウィルコニアやジュリのことを知った?

可能性はただ一つ。「別の情報のラインが、浅尾にある」ということだ。だとすれば、それは誰だ?



……ぞくん。



一つ、可能性がある。おぞましい可能性が。



俺は柳田を見た。奴は表情一つ変えずに、PCを叩いている。確信は持てない。しかし、あり得ないと否定もできない。



この男は、シムルからこちらに来た人間と何かしらつながりがある。

そして、浅尾にその人物の狙いを吹き込んだのだ。




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