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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
第8話「副総理・浅尾肇と官房副長官・柳田俊介」
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8-2


「来たな」


ブロロロ……という重低音とともに、黒のセンチュリーが姿を現す。助手席からは綿貫、そして後部座席からは頭が禿げかかった痩身の男と、短く撫で付けられた白髪の小男が現れた。


……あの小男こそ、「令和の副将軍」浅尾肇だ。


「くっそ暑いな。なんでお前らスーツなんて着てやがるんだ」


「いや、オヤジさん。会談なのだから正装で……」


「非公式だからいいんだよ。というか今日日、真夏にスーツなんて着てる方が正気を疑われるわ」


浅尾は呆れたように綿貫に言う。俺たちの存在に気付くと、一転笑顔になった。


「ああ、はじめまして。浅尾肇だ。そこの背の高いのが、町田ってのだな。財務省で数回見かけた」


「……覚えてらしたんですか?」


「ああ、跳ねっ返りが若いのに2人いるって話は聞いてたぜ。1人はそこの、空気読めねえデカブツだが」


綿貫がばつが悪そうに頭をかく。俺のことを知ってたのは、想定の外だった。


「で、そこのお嬢さんがノアって子か。はじめまして、浅尾だ。一応、この国の副総理やってる」


浅尾がノアに手を差し出してきた。彼女は戸惑いがちに、浅尾の手を握る。


「はじめまシテ。ノア・アルシエルでス」『私の言葉、分かりますか?』


浅尾の目が丸くなった。


「こいつが噂に聞いてた『念話』ってのか。俺には通じて良かったぜ。普段の行いってやつか?ハハハ」


「何で僕には通じないんですかね……」


肩を落とす綿貫の背中を、浅尾がポンと叩く。


「ま、気にすんな。おっと紹介が遅れた。今日はもう一人、官房副長官の柳田も連れてきた。うちの派閥の有望株だ」


「……はじめまして」


柳田という男は俺とノアと立て続けに握手をした。明るい浅尾と違って、どこか陰気な雰囲気を漂わせている。


「失礼ですが、彼はどうしてここに?」


「ああ、今日の書記役だな。ま、あんまり気にするな。じゃ、案内頼むぜ」


門をくぐり、ゴイルらが待つ王宮に向かう。


『何か引っかかるわ』


「え?」


ノアが、どこか怪訝そうな顔をしながら、小声で呟いた。


「……どういう意味だ」


『あの、ヤナギダって男。根拠はないけど、あたしの勘が変だって言ってる。気のせいだといいけど』


「そんなに変か」


フルフル、とノアが首を振る。


『そこまでじゃないわ。でも、何だろうこれ……』


振り向くと、世間話に興じる浅尾と綿貫の後ろで、まるで影のように柳田が歩いていた。言われてみると、確かに不気味な感じがしないでもない。

王宮入り口では、正装のゴイルと、白いローブのシェイダ、アムルが待っていた。3人は膝をつき、深々と頭を下げる。


『お待ちしておりました。貴方がアサオ様でいらっしゃいますね』


「ああ、そうだ。今日は非公式の会談だ、そんなにかしこまらなくていいぜ。俺の方が緊張しちまう。

にしても、すげえ城だな。ファンタジー世界から抜け出てきたようだぜ。……って本当にそうだったな、ガハハハ」


豪快に笑う浅尾に、ゴイルは少し戸惑っている。ノアが『宰相の次に偉いというわりには、偉ぶらない人なのね』と耳打ちした。



そう、これが浅尾肇という男のキャラクターだ。舌禍は多く嫌う人間も少なくないが、豪快にして庶民的な物言いが好きだという支持者も多い。

一教師から一度は総理までのし上がった、最近では珍しい叩き上げの政治家だ。粗暴に見えるが政策通でもあり、弁も立つ。



……だからこそ、油断はならない。少し気を緩めると、たちまち相手のペースになる。

ゴイルには簡単に彼の生い立ちについてブリーフィングしておいたが、こうやって目の前にするとまた別だ。既に浅尾の空気に巻き込まれている。


『……とにかく、一度上へ。ゆっくりと、お話をいたしましょう』


「おう、俺も楽しみにしてたぜ。今日は異世界の話、いろいろ聞かせてくれ」


上機嫌で浅尾が言う。ゴイルの執務室に向かう道中、今度はシェイダが俺に話しかけてきた。


『……あの男、何者?』


目線は浅尾……ではなく前を行く柳田に向けられている。ノアが首をひねった。


『シェイダも何か気付いた?』


『うん。何か、微かに『匂う』のよね』


「匂う?」


シェイダが小さく頷く。アムルもこちらをチラリと見た。彼女も何か気付いているらしい。


『物理的な匂いじゃなく、魔術的な『匂い』。でも、本当にごくわずかね。あと、この世界にも魔法使いの資質を持ってて、こういう『匂い』がする人がいないわけじゃない。

この前会ったイチムラって子?あの子なんかは、相当なものよ。彼に比べたら、前の男は全然』


「じゃあ何でそこまで気にするんだ」


『……それが分からないのよねえ』


前を歩く柳田が、ちらっとこちらに振り向いた。その目は鋭く、まるで獲物を見るような眼差しだ。

聞かれないように小声で喋っていたつもりだったが、聞かれたか?


柳田はすぐに前を向いた。……浅尾だけではなく、この男にも気をつけないといけないのか。



その眼差しの意味を知るのは、少し経ってからのことだ。




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