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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
幕間2「派遣社員・市村響と御柱ジュリ・オ・イルシアその2」
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幕間2-3


『……で、どういうことなんですか。説明してください』


ノアさんの言葉に、『むう』とジュリは口をとがらせた。


『いや、ノアばかり外の世界にいてずるいでしょ。昨日はシェイダも外出したらしいじゃないか。ボクもそれなら出たいなって思っただけだよ』


『はあ……』とノアさんが深い、深い溜め息をついた。


『あのですね……お立場をお考えになってください。あなたはイルシアの『御柱』なんですよ?あなたに万が一のことがあったら、どうなるか分かるでしょう!?』


『大丈夫だよお。ここ、マナは薄いけど普通に魔法使えるし。実際、今日何ともなかったでしょ?』


『それはたまたまですよ……』


ノアさんが肩を落とす。町田さんがポンポンと彼女の肩を叩いた。


「まあ、詳しい話は飯を食ってからにしようか。店の迷惑にもなる」


『……まあ、そうだけど』


店内の視線がこちらに集まっているのに、今更ながらに気付いた。確かに、この状況はよくない。

僕は町田さんの、ジュリはノアさんの隣に座った。彼らもちょうど来たところらしく、まだ丼はこちらに来ていない。


町田さんが水を口にして、ノアさんに訊いた。


「彼女が、『御柱様』なのか。自由に外に出れないと聞いていたが」


『……魔力結界がかなり弱まってたからかも。でも、これまでジュリ……御柱様が外に出ようとしたことはなかったから、正直油断してた。そもそも、王宮内の結界第一層は機能してたし……』


『ふふん』と得意げにジュリが鼻を鳴らした。


『あれなら簡単に破れたよ。ボクの魔力が部屋にあることが、扉の開け閉めの条件なんでしょ?

だから部屋の義躰に魔力を込めておけば問題ないんだ。で、本体のボクだけ出ればいい。

大転移前だと、その後の結界が突破できなかったけど、今なら弱くなっているか、なくなってたからね』


『……義躰?』


『うん!ランカさんが作ってくれたんだ。『大転移後の、万一の時の囮のために』って』


ノアさんが頭を抱えた。


『……母様、この事態を見越してたのね……というか、共犯じゃない……』


「つまり、この子が脱走したのは、ノアの母親が事前に協力してたからだと?」


『……そういうことになるわね……母様、未来が『視える』から……』


「お待ち」と町田さんとノアさんの丼が先に来た。町田さんのは味噌で、ノアさんのは醤油味だ。


「あ、先食べてください。伸びちゃうんで」


『そう?なら頂くわ……んんっ!!プイエッ!!!熱々で、でも濃厚で……昨日のとはまた違った美味しさだわっ!!』


フォーク片手にノアさんが興奮気味に叫ぶ。続いて、僕らのラーメンもできあがったようだ。


「ジュリもフォークもらう?」


『ううん、ボクはヒビキと同じでいいや。その細長い棒2本で食べるんでしょ?』


「ま、まあそうだけど。使うの難しいよ」


「そっちもお待ち」と丼が置かれる。ジュリは流暢な日本語で、「おじさん、ありがとね!」と礼を言った。


「……日本語、しゃべれるの??」


『そりゃ毎日シムル語を教えてたらね。ヒビキも大分上手くなったけど、ボクだって負けてないでしょ』


そう言うと、初めて使ったとは思えないほどの箸さばきで、ジュリはラーメンの麺を啜った。


『んー、本当だ!!この、ネギ?っていうの?この野菜の香りがすっごくいいねえ』


「……どういうことなの」


『ん?見てれば使い方は分かるよ?多分、クルマの運転も覚えた』


そう事もなげに言うジュリに、僕はぞくりと軽い寒気を覚えた。

ジュリは「現人神」というけど、神様みたいに全知全能なんだろうか。少なくとも、ボクには及びも付かない天才であるのは間違いなさそうだ。


いつも通りに「ちんたつラーメン」の麺を啜る。でも、その味が分からないほどに、僕の頭は混乱していた。



……僕は、とんでもない子を好きになろうとしているのかもしれない。




「……で、これからどうするんだ?」


ファミレスに場所を移し、町田さんが厳しい表情でノアさんに訊く。彼女は頭を抱え、『うーん……』と唸った。


『これがイルシアの皆にバレるのは、本当にまずいわ。何とかアムルでガラルドたちを抑えてるけど、抑える理由がなくなっちゃうもの』


「だな。そして、そうなると東園集落の協力が得られなくなる。明日の浅尾副総理の訪問にも響きかねない」


ノアさんがコクンと頷いた。


『だから、今日のことは『何もなかった』で済ませるしかないわ。いい?その代わり、二度とこういうことはないように……お願いします』


『無理して敬語使わなくてもいいのに。昔は違ったじゃない』


『昔は昔です!!……まだ御柱様が即位される前でしたから』


『ノアも変わっちゃったねえ……』


しょんぼりしながらジュリが言う。


「主従関係じゃないのか」


『……御柱様が生まれた時からの付き合いですから。言ってみれば、従姉妹に当たるわけですし』


『そうそう。ノアはお姉さんみたいなものだよ。だから、御柱を継いでからあまり会えなくなって、寂しかったなあ』


『……それがお役目なのですから、仕方ないことです』


ノアさんが、ドリンクバーのコーラをコクンと飲んだ。


『にしても、どうして母様はジュリ……御柱様を外に出すようなことを』


『うーん、分からない。でも、ボクの気持ちはランカさんは知ってたから。『少しは外の世界も見て行かれたらどうですか』って』


僕もジュリの言葉に頷く。


「あの……ジュリは自由になりたがってました。6年間も、部屋の中でじっとしてたんですよ?少しは気持ちを汲んであげましょうよ」


『……それは、分かるのだけど……でも、今日みたいなことを許すわけには……』


『大丈夫だって。「日本語だってこうやって使えるし」。服もどうにだってなるし』


『いや、たださすがに……』


ジュリは『うーん』と腕を組み、宙を見上げて何か考えている。


『……分かった。確かにノアの言う通りだね。状況が好転するまで、大人しくしてるよ』


ノアさんが胸をなで下ろす。


『よかった……じゃあ、早く帰りますよ?皆にばれないように、気をつけ……』


『ちょっと待って。条件があるんだ』


『……条件?』


『うん』


すると、ジュリはニコリと僕に微笑んで、こう言ったのだった。



『ヒビキをボクの『主御柱付き』にすること』



『……はあああっっつ!!??』



絶叫しながら、ノアさんが立ち上がった。


『ちょっとジュリ!?それがどういう意味か分かってるの??普通の『御柱付き』とは、全然ワケが違うのよ??』


「なんだその『主御柱付き』って。それと、叫びすぎだ。目立ってるぞ」


町田さんの言葉に、ノアさんが『ごめんなさい』と返して座った。


『ちょっと、気が動転しちゃって……前に話したけど、『御柱付き』は、御柱様の身の回りのお世話をする役職なのよ。公務の補佐も行うの』


「まあ、そこまでは大体聞いてる」


『ええ。で、ここからが問題。『主御柱付き』は……御柱付きの中でも別格なの。

つまり、『公私における伴侶』なのよ」



……は??



ジュリが僕を抱き寄せた。



『うんっ!!分かってて言ってるよ。ボクの『主御柱付き』は、ヒビキしかいないって。ヒビキもいいよね?』


……?


…………!!?



「ちょっ!!?ちょっと待ってちょっと待って??」



事態を理解するのに数秒かかった。いや、マジで何言ってるんだこの子は??

確かに、僕はジュリに好意を抱きかけていた。でも、これは……過程も何もかもすっ飛ばし過ぎている。


ジュリが不思議そうに首をかしげた。


『え、嫌なの?』


「嫌とかそういうんじゃなくって!つまり、その……ジュリは、僕と結婚したいってこと??」


『ケッコン?何それ。でも、こうすればヒビキとずっと一緒だし、寂しくなくなるよ』


にこやかなジュリに対してノアさんは頭を抱え、町田さんも珍しく動揺を隠し切れていない。いや、さすがにこれは誰でも混乱するよ……。


そしてノアさんが盛大な溜め息と共に、沈黙を破った。


『あのね、ジュリ……主御柱付きは、そんなに軽々しく決めるものじゃないのよ?思い付きで言うものじゃ……』


『んー……マナの相性はバッチリ。互いの感情も問題なし。何より、ボクのことをちゃんと考えてくれてると思ったんだ。

ボクなりに、ヒビキをちゃんと見て出した結論だよ。子供じゃないんだ、主御柱付きがどういうものかは分かってるから心配しないで』


ノアさんが口をあんぐり開けて固まっている。ひょっとして、ジュリが今日僕の所に来たのは……はじめからこれが目的だったのか。


何を言おうか分からずフリーズしているノアさんに代わって、町田さんが困り切った様子で言う。


「……とりあえず、保留にすることはできないか?そもそも、異世界人である彼を婿にするのには、イルシアの人たちの抵抗もあるだろう」


『んー、それもそうだねえ。じゃあ、『主御柱付き見習い』でどう?もう少し時期が来て落ち着いたら公表するということで。

ヒビキもしばらく普段通り過ごしていいよ。たまにボクのとこに来て、お話とかしてくれればいいから。あ、ノアはゴイルに一言言っといてね。多分驚くだろうけど』


『そりゃ、驚くでしょうね……まさか、母様はここまで?』


『さあ?』


ニコニコとしたジュリに、ノアさんは『全く母様は……』とこぼした。



『ま、そういうわけで。ヒビキ、今後ともよろしくね?』



幸せそうに僕に身を寄せる彼女に、喜んだらいいのか、どうしたらいいか分からなくて、僕はただ「ははは……」と乾いた笑いを浮かべることしかできなかった。





この時の僕は、「主御柱付き」になることの本当の意味をちゃんと理解していなかったんだ。

それは……イルシア人として、そしてその象徴の一翼として、他国と交渉する立場になるということだ。




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