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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
幕間2「派遣社員・市村響と御柱ジュリ・オ・イルシアその2」
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幕間2-2


『クルマに乗るのは初めてだなあ』


ウキウキ顔でジュリが言う。僕はというともうそれどころじゃない。こんなかわいい女の子と二人きりで出かけるなんて、一生縁のない、あり得ないことだと思っていた。

というかジュリはなんでそんなに平然としていられるんだ?逆に全く男扱いされていないようで、凹んでくる。


スイフトが静かに滑り出す。『うわっ、本当に動いた』とジュリが叫んだ。


『で、どこに行くの?』


「そうだね……とりあえず、この周辺をドライブかな。何か見たいものある?」


『うーん』とジュリが唸った。


『そうだなあ……とりあえず、外の世界が見たいな』


「外の世界?」


『そ。見るだけでいいんだ。ボク、ほとんど外に出たことなかったから』


ああ、そうだ。ジュリはこの6年間、ずっとあの王宮に閉じ込められていたのだった。外の世界をずっと見たがっていたから、きっとこうして僕を頼ってきたのだろう。

むしろ、よく気が狂わずにいられたなと思う。僕が子供の頃に同じような立場だったら、間違いなく耐えられない。いや、大人になった今でも、6年間を牢獄で過ごすと考えたら正気でいられる自信なんてなかった。


「……分かった。じゃあ、できるだけ色々巡ろうか」


『やった!!楽しみだなあ』


ジュリが満面の笑みになる。僕は気恥ずかしくなって、思わず目をそらしてしまった。



『うわあ、きれい!!』


車窓に顔を押しつけ、ジュリが叫んだ。視線の向こうには、荒川の上流、滝川峡谷がある。

神社に向かう渋滞に多少巻き込まれはしたけど、それでも1時間も経たずに着くことができた。


目的地にここを選んだのは、一番自然を感じられる場所だからだ。きっと、王宮に閉じ込められる前でも、ジュリはろくに山や川、そして海などを見てないんだろう。

C市はしょぼい町だけど、自然の美しさだけは本物だ。それをあまり観光に結びつけられないのは、交通の便が悪いからなのか、それともC市の努力が足りないからなのか。……それは僕には分からない。


とにかく、僕の狙いは当たったようでほっとした。行楽シーズンだけど、山奥だからか人も少ない。外に出ても大丈夫かな。


「休憩所があるからそこでいったん休もうか」


『うんっ!!』


ひんやりした空気が頰を撫でた。眼下には、荒川の最上流の激流が見える。


『風が気持ちいいねえ』


うっとりとした様子でジュリが呟いた。僕はその美しさに、しばし見惚れてしまう。

金髪が風にたなびく。激流とのコントラストは、それだけで一つの絵になりそうだ。やはり、彼女は普通の人と違うのだな、と何故か思った。


しばらく何も言わず風景を見ていると、ジュリが口を開いた。


『ヒビキは、ここよく来るの?』


「……たまにね。子供の頃父さんに連れられてきて、ここがすごくきれいだったのを思い出したんだ」


『そっか。ここみたいなきれいな場所、他にもたくさんあるのかな』


「この世界は広いからね。ここより美しい場所なんて、日本にだって山ほどあるよ、多分」


ジュリが目を輝かせ、僕の手を取った。その勢いに、僕は思わずたじろぐ。


『ほんと!!?じゃあ、一緒に見に行こうよ!!』


「……え?」


『色々なものを見たいんだ、ボク。それに、たくさんの人に会ってみたい。ボク、生まれてからほとんどずっと1人だったし。母様と一緒にいられたのも、ほんの少しだったし……』


そういうと、彼女は急にしゅんとする。僕はジュリのことをよく知っているわけじゃないけど、気持ちはなんとなく分かった。

ただ、ジュリがイルシアでとても重要な人物であるらしいことはなんとなく察していた。ここで彼女が出歩いていることも、町田さんとかにに知られたらまずいことなんだろう。


ジュリの純粋な願いを、どうやったら実現できるのだろうか。

考えたけど、その答えは出てこなかった。僕には財力も能力もない。



ただ、「ジュリを何とか自由にしてやりたい」とは、強く思った。




しばらく峡谷にいた後、僕らは家に戻ることにした。母さんが戻る時間までにジュリを返さないと、色々面倒なことになる。

自宅近くまで来た時には、時刻は13時を少し過ぎていた。ご飯を食べるくらいの時間はありそうだ。

ファミレスがきっと無難な選択肢なんだろう。ただ、何かを食べさせるなら、美味しいものがいい。C市だとそばか武蔵野うどんが定番ではあるけど、行楽シーズンだからこの時間でも多分混んでいる。


となると……あそこにしようか。


「ここでご飯にするよ」


『ご飯!?何食べるの!?』


テンションが跳ね上がったジュリに、僕は苦笑する。


「ラーメン。最初に会った時のとは違って、ちゃんとしたとこね」


東園駅から3分ほど。地元では有名なラーメン屋「ちんたつラーメン」だ。事務所からそう遠くないこともあって、月に2回ぐらいのペースで来ている。

博多ラーメンのような極細麺に、とろみがかったスープ。そして山のように使われているネギの甘みと風味が、実に癖になるのだ。

僕はラーメンをそんなに食べている方でもないけど、ここのラーメンと同じようなものを出す店は他に知らない。ネットで調べたら、ラーメンマニアの中でもまあまあ評判の店らしい。


『うわあ、楽しみだなあ。どんな味なんだろう、ね?』


無邪気に腕を絡ませてくるジュリに、僕は赤面した。……胸の感触がするんだけど。

注意しようと思ったけど、彼女にそんな知識があるのかは怪しい。どうせ入店までの少しの我慢だ、放っておこう。


幸い、お昼時を少し過ぎていたからか、行列はなかった。そのまま店に入る。

空いている席に座ろうとすると、近くの少女と目が合った。……どこかで見た顔だな。



……いや、見た顔どころじゃない。あれは!?



少女がガタッと、飛び上がるように席を立った。



『お……御柱様っ!!!?』



『あはは……ノア。奇遇だねえ』



苦笑するジュリに、ノアさんは驚きからか顔面を蒼白にし、わなわなと震えている。

彼女の向かいの席の男性が振り返った。町田さんだ。


「……市村君か!?というか、その子は……」


ノアさんが、声を振り絞るようにして言う。



『……その方こそ、イルシア国の現御柱にして『現人神』、ジュリ・オ・イルシアよ』




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