幕間2-1
幕間2-1
「……む」
蒸し暑さで目覚めると、時間は10時を回っていた。しまったと一瞬焦るけど、今日が土曜日だと言うことに数秒後に気付く。
僕は部屋のエアコンを付け、二度寝を決め込もうとした。
……それにしても、酷く疲れがたまっている。この一週間は、本当に色々なことがありすぎた。
「イルシア」という異世界の国の王宮が、ファンタジーランドの建設予定地に突如建っていたこと。国が絡む案件だからと、近所に住む町田という人と、魔法使いを名乗る女の子に口止めをされたこと。
「ジュリ」と名乗る不思議な子と仲良くなり、言葉を教えてもらうことになったこと。会社の偉い人から首を切るぞと物凄い剣幕で怒鳴られた後、社長直々にこのままでいいと許されたこと……
とにかく僕の生活は、完全に一変してしまった。それがいいのかどうかは分からないけど、とにかくこれまでのような日々は、二度と戻ってこないことはなんとなく分かった。
……
…………
「……眠れない」
5分ほど目をつぶって、僕は二度寝を諦めた。この一週間のことを思い出して、興奮して目が冴えてしまっている。
下に行って軽く朝ご飯でも作るか。父さんはゴルフのはずだ。この時間だと、母さんもコンビニのパートに出ている。姉さんが戻ってきているはずもないので、15時ぐらいまでは僕1人だ。
乾いた食パンをトースターに入れ、お湯でソーセージを袋ごと湯がく。後は適当に牛乳とヨーグルトを腹に入れればいいだろう。
ご飯の後は、適当にスマホをポチるか、それとも……
ピンポーン
……誰か来たみたいだな。宅急便か、何かだろうか。インターホンのモニターを覗くと……
「……は???」
そこには、いつもの白い服を着た、ジュリがいた。
僕は混乱する頭で、速足で玄関に向かう。ドアを開けると、『やあ』といつもの笑顔でジュリが言った。
「いや、『やあ』じゃないよ!!というかどうしてここが分かったんだよ。そもそもどうやってあそこからここまで来たの??うちに来た理由も分からないよ!?」
『あー、いっぺんに質問しないでよ。落ち着いて落ち着いて』
「落ち着いてってさあ……人里に降りたら、大変なことになるとか町田さんが言ってたよ??そうならないための見張りもいるって」
『大丈夫大丈夫。『身代わり』は置いてきたし、ボクにはアムルも手出しできないし。ヒビキ以外のこの世界の人間に、イルシアのことがバレるようなことはしないって』
それにしてもすごい自信だ。どういう根拠があってこう言えるんだろう。
「……とりあえずうちに上がって。今、僕しかいないから」
『あ、ありがと』
そう言うと靴のままジュリは上がろうとした。「この国じゃそういうマナーになってないの」と靴を脱がせ、とりあえずリビングに通す。ソーセージ用のお湯が沸騰する音が聞こえた。
「……朝ご飯作ってるけど、一緒に食べる?」
『本当!?嬉しいなあ』
ニコリとジュリが笑う。……この笑顔に、僕は本当に弱い。
ジュリと出会って数日、ジュリが男の子なのか女の子なのかはいまだに分からずじまいだ。男と言われればそうかなと思うし、女と言われればやっぱりと思う。身体のラインが出ない服をいつも着ているから、胸の有無で判断できないのだ。
声もどちらとも取れる。ちょっと女の子寄りかなとは思うけど、声の高い男の人でこのぐらいはいなくもない。
確実に言えるのは、どっちにせよとんでもないレベルのルックスだということだ。イルシアにはノアさんやアムルさんなど芸能人でもいないような美人ばかりがいるけど、ジュリはちょっと別格かもしれない。
はあ、と溜め息をついてキッチンに向かった。僕なんか、ちょっと女顔というだけで取り立てて特徴もない。飛び抜けた取りえもないし、本当に自分が嫌になる。
ジュリが来たので、こんな簡単な朝ご飯は申し訳ない気にもなってきた。もう1品、作ってみるか。
冷蔵庫から卵とミルクを取り出す。それとマヨネーズにチーズ、生クリーム代わりのコーヒーミルクも。
それを適当にかき交ぜて、バターを入れたフライパンへ。中火でゆっくりと固まるのを待ち、固まり始めたら菜箸で緩く混ぜる。ふわふわっぽくなったら完成だ。
レタスとトマトも切れば、それなりにちゃんとした朝ご飯っぽくなるという寸法だ。
「……できたよ」
『うわ、美味しそう!!ヒビキ、やっぱり料理できるんだ』
「親から放置プレイ食らって、最低限できるようになっただけだよ」
トーストとマーガリン、それと牛乳。湯がいたソーセージも合わせて、一応の完成だ。
スクランブルエッグをフォークで口に入れると、『んー、ふわふわしてて美味しいなあ!』とジュリが感嘆の笑みを漏らす。というより、カップラーメンですら美味しいというくらいだから、きっと何でも美味しいんだろうけど。
「……で、どうやってここまで来たの」
『むう?ほらほとんでひた』
「いや、ちゃんと飲み込んでから喋ろうよ……」
『あ、ごめんごめん。空を飛んできた。もちろん『姿を消して』』
「……は??」
さも当たり前のような顔をしてジュリは言う。ジュリも魔法を使えるのは知ってたけど、空も飛べるのか。姿も消すとか、無茶苦茶だな。
……ということは、まさか。
「ひょっとして、ここの場所が分かったのも魔法を使ったとかいうんじゃないよね?」
『うん。ヒビキの精気を辿ってきた。ヒビキの、結構特徴があるからすぐ分かったよ』
僕は頭に手をやった。もはや何でもありだな。イルシアの魔法使いは何でもできちゃうものなのだろうか。
そして、一番肝心で、一番分からないのはこれだ。
「そもそも、何でここに来たのさ」
『ん?そりゃ決まってるよ、会いたかったから』
顔が瞬時に赤くなる。いや、それは……勘違いしちゃうじゃないか。
ジュリが男か女か分からないけど、人にまともに好意を向けられたことがない僕にとっては、正直すごい戸惑ってしまう。というか、男でもいけちゃうのか……僕は。
ジュリは屈託のない笑顔で、トーストをかじっている。……多分、何の含みもないんだろうな。僕はもう一度、溜め息をついた。
「……いや、いいんだけど。でも会って何するの?シムル語の勉強?」
『んー、それもいいんだけど……そうだ!この世界のことを案内してよ!』
「あ、案内?そ、その格好で??」
『ん?ダメなの?』
「いや、ちょっと……しかも、夏だよ??」
ジュリの服はどう考えてもこの世界のデザインじゃない。完全にそこらのファンタジーRPGでよく見るような服装だし、何より全身を覆うような服装で見るからに暑そうだ。こんなので外を出歩いていたら、正気を間違いなく疑われる。
しかし当のジュリはぽかんとしてて、どうにもピンと来てないようだ。
『んー、あまり暑いとか寒いとか関係ないんだけどなあ。それに、姿を消せば問題なくない?』
「いや、問題大ありでしょ……僕が独り言ばかり喋る、変質者に見えるよ……」
『あー、それもそっか。うーん……』
ジュリはリビングに置いてある写真立てを見た。3年ぐらい前に撮った家族写真だ。確か沖縄で撮ったんだっけ。
『この女の人は?ヒビキと同じぐらいの年に見えるけど』
「ああ……うちの姉さん。東京に出て、もう随分実家に帰ってない」
『ふうん』
ジュリがポンと手を叩いた。
『よし、じゃあこれにしよ』
「は?」
そういうとジュリの服がまばゆく光った。まぶしさに一瞬目を背けると……
「……うえええっ!!??」
そこには……写真の中の姉さんと同じ、短パンにへそ出しの格好をしたジュリがいた。
僕は念のため、ジュリの胸の膨らみを確認した。……少し控えめだけど、ちゃんとある。一気に鼓動が早くなった。
「ジュリって……女の子なの??」
ジュリはというと、きょとんとした様子で首をかしげた。
『……女の子?……ああ、『そうでもある』、のかな』
「……そうでもある?」
『まあ、どうでもいいじゃない。外に出ても、これで変じゃないでしょ?』
「ま、まあそうだけど……今のも、魔法?」
『うん、まあそんなもの。じゃ、ご飯食べ終わったら行こっか』
そう言うと、ジュリはまた「はむ」っとトーストを口にする。そんな暢気そうな彼女に、僕は大きく溜め息をついた。




