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『あー……お腹すいた』
地下鉄に乗るなり、シェイダが疲れ切った様子でうなだれた。時間的には18時前で、まだ日も沈んでいない。昼飯が軽いものだったせいだろうか。
ノアが、やれやれといった様子で首を振った。
『魔法を使った反動だと思うわ。ここのマナの薄さを甘く見ちゃだめよ』
『確かに……これ、ちゃんと食べないと感知魔法使えないかも』
栄養ドリンクを飲ませれば多少は元気が出るだろうが、やはり飯をしっかり食べないとダメか。幸い、池袋なら食べるところには困らない。
問題は、その場所だ。あまり人が多いところだと、目立ってしまって仕方がない。ファストフードやファミレスは論外だ。駅ナカや、「ソーラーシャイン」の中にある飲食店街も避けた方がいい。
行きがけで、そこまで人が多くなく、なおかつしっかり食べられる、味のよい店か……
「……あそこにするか」
『え?ご飯食べるところ?』
ノアが目を輝かせてこちらにすり寄ってくる。本当に食べ物のことになるとテンションが変わるな。
「まあ、そうだな。ただ、ちょっと癖の強い店だから、気に入るかは分からないぞ」
『トモの選ぶお店なら多分大丈夫よ!シェイダも元気になるって!』
『……本当にこの世界のご飯が好きなのね……』
シェイダが呆れたように言うと、ノアは『うんっ!』と満面の笑みで頷くのだった。
それにしても、魔法は相当体力を消耗するものらしい。「マナ」の濃度が違うというが、そこまで大きく違うのか。
食事を取ったり、栄養ドリンクを飲ませたりすれば多少マシにはなるものの、普通にしていても『多少は疲れやすい』とノアは言う。それは夏の暑さのせいなのか、それとも人体の構造が少し違うからなのか。
この世界に来てるシムル人が、どう適応したのかはいよいよ気になった。恐らくは魔法を使う人間なのだろうが、これまで騒ぎにならなかった理由も含めて全くの謎だ。
早く接触したいが、そう上手く行くだろうか。
桜田門から池袋までの短い間で熟睡するノアとシェイダを見て、俺はわずかな不安に駆られた。
*
「着いたぞ」
『……ここが?普通の古い食堂にしか見えないけど?』
ノアが疑わしそうな目でその店を見た。まあ、無理もないな。
「ソーラーシャイン通り」を横に入った路地に、掘っ立て小屋のような黒い店がある。「くわ原」だ。
幸い、今日は行列ができていない。ここに来るまで好奇の目で見られまくっていただけに、正直ほっとした。
『何のお店なの?』
「ラーメンという料理を出す店だ。ノアは、こっちに来た初日の夜に一度食べてるな」
『……ああ、あれかあ!!あれ、美味しかったわよね』
『そんなに美味しいん?』
『お肉が柔らかくて、スープが濃厚で、味が染みてて……ここもそんな感じのお店なの??』
早口でシェイダにまくし立てるノアに、俺は苦笑した。
「あー……あれを普通のラーメンだと思われるとな。まあ、ここも普通のラーメン店じゃないが」
食券機を見ると、今日は裏メニューとして「いくらと卵黄の和えそば」があるらしい。正直心引かれたが、ここはデフォルトの塩ラーメンを3つ頼むことにした。
『普通じゃないって、どういうことなん?』
「あー、まあ食べれば分かるさ。昼の話を聞いて、ここに連れてくるのが一番元気が出ると思った。学生時代によく通った店で、個人的にはかなりのお気に入りだ。人を選ぶけど」
食券を渡し、カウンターに座る。壁がない屋台風の店構えだが、この暑い夏では悪くない。
『……で、ラヴァリはどうするつもりなの?』
「保釈までにはどちらにしろ少し時間がかかるからな。もう少し様子見だ。何より、本人の意思だな」
『そうねえ。追加で帝国から人が送り込まれる可能性とかを考えると、あまり急がない方がいいかもね。こっちにいるシムル人に接触できたらでいいかも』
ノアが思案顔で言う。色々やるべきことはあるが、まずはそれだ。射手矢次第だが、そこから始めないとどうしようもない。
あとは、明後日の浅尾のイルシア訪問。イルシアを守るある程度のメドが付けば、こちらも動きやすくはなるのだが。
向こうがどういう要求をしてくるのかは、読み切れない部分が多い。簡単に済むとは思っていないが……
そう考えているうちに「塩ラーメンです」と女性店員が丼をカウンターに置いた。もちろんノアとシェイダは箸が使えないので、フォークで食べることになる。
『これが『ラーメン』?前のとはまた随分違うわね。麺も固そうだし』
ノアが物珍しそうに麺を持ち上げる。シェイダもそれに続いた。
『ま、まずは食べてみましょ。……んっっ!!?しょっぱいっ!!』
『ほんとだ、こんなしょっぱい食べ物、食べたことない!でも、美味しい……!!』
ノアが凄い勢いで麺をすすり始めた。シムルでは塩が珍しいと言っていたのでどうかと思ったのだが、気に入ってもらえたようだ。
『確かに……!しょっぱいけど、しっかりと鶏の味もしてて……というか、肉の上に乗ってる、このピンク色の粉末って??』
「岩塩だな」
『岩塩っ!?そんな高価な物を使ってるの……??』
「ははっ、岩塩もそこまでここじゃ高くないから気にしなくていいさ」
シェイダが『こんな食べ物があるのね……』とお化けでも見たかのようにラーメンを見つめる。
『でも、確かに魔力回復に役立つのは納得ね。……ずずっ……んぐ。岩塩は、魔力を多く含むって……んぐ、言われてるし』
「……そうなのか?」
麺を飲み込みながらノアが頷く。
『岩塩が高価なのはそれも理由。でも、ここだとそんなにありふれたものなの?ちょっと信じられないわ』
「まあ逆にここだと高価でも、そっちだと二束三文のものもあったりするだろ、多分」
『そうねえ……そういうのもあるかもね。……あむっ、このお肉も柔らかくて美味しい!!』
岩塩か。日本じゃ確か採れないはずだが、将来的に貿易品になるかもしれないな。少し、頭の中に留めてもいいかもしれない。
この世界とシルムとの行き来がいつ自由にできるのか、それはさっぱり分からないが。
*
『……こんな高い場所、初めて来たわよ……』
ノアが呆然として立ち尽くす。眼下には東京都心を彩る夜景。その美しさは、この世界を生きる俺でも息を飲むほどだ。東京で夜景を見るなら、ここかスカイツリーが最適なのは間違いない。
『本当にすっごいわね……全くシムルじゃ敵わないわ。私たちが魔法を見せられているみたい』
「だが、本物の魔法は使えない。シムルの方が、遥かに優れた所は多分いくらでもあるさ。
例えば、これから行う人捜し。これはシェイダにしかできない」
『ま……ね。じゃ、やるとしますか』
夏休みだけあって、この時間帯でも最上階の展望スペースはカップルでにぎわっていた。互いに相手のことしか見えないおかげで、ここに来る途中ほどは注目されずに済みそうだ。
シェイダが両手を胸の前で組み、何やら呪文のような物を小声で呟き始める。しばらくすると、両手が黄色の光で包まれた。
『準備よし。じゃあ、ここを一周するわよ』
シェイダはゆっくりと外を見ながら展望台を回った。手は常に窓に向けられている。カップルたちが少し訝しげな様子を見せるが、大きな混乱はない。
そして、3分の2周ほどしたところで、足が止まった。
『……いるわね。あの、高い建物のすぐ近く』
シェイダが指さしているのは、六本木方面だ。高い建物というと……
「……六本木ヒルズか!?」
『そんなに驚くようなことなの?』
俺は思わず声を出し、小さく頷く。
「あそこに住めるのは、控えめに言って相当な富裕層……多分、社会的な地位が十分ある奴だからだ」




