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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
第6話「西部開発取締役・坂本雅史と帝国特務歩兵・ラヴァリ」
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6-7


「……というわけです」


一通り今日あったことを説明し終わると、ゴイルが天を仰ぐ。「常日灯」の淡い光が、彼の青い肌を照らした。


『……別の『シムル人』の存在か。オルディアの人間の可能性が高い、そう考えるんだな』


「ええ。心当たりは。ノアは、『大魔卿』という人物の関係者なんじゃないかと」


ゴイルは隣にいるシェイダを見た。彼女は『うーん』と唸る。


『まあ、ありっちゃありですね。あいつ、魔法のことなら何でもしますから。たとえそれが人道に外れたことであろうと。

例えば転移魔法でこっちに人送り込んでおいて、定期的に報告を現地に上げさせるぐらいはやっててもおかしくはないと思いますよ』


なるほど、そういう見方もあるのか。


見た目は若く話し方も砕けているが、彼女がイルシアの「魔術局」の局長らしい。諜報も担当していると、この前聞いた。

年齢はゴイルに次ぐぐらいには行っているという。長寿不老のエルフなのでとてもそうは見えないが、『年齢の話はあたしとは別の意味でダメ』とはノアの談だ。


『じゃあ、ラヴァリはその報告を持ち帰るためにこっちに来たってこと?』


ノアが訊くと、シェイダはまた『うーん……』と首をひねる。


『その割には、来ている人間がそこそこの立場なんよね。『ペルジュード』の一員で、一応は貴族っぽいんでしょ?しかも、回復魔法だけ取りゃそいつ結構な使い手だと思うよ。

説明聞く限りじゃ、肩の骨砕かれるぐらいの怪我だったらしいじゃん。それが数日内で完治というのは、『第2級魔術師』ぐらいの力量は余裕であるんじゃね?

逆に言えば、そういうのを買われてラヴァリってのがここに送り込まれた可能性はある。ここにいる奴の具合があまり良くないのか……待ち合わせ場所に来なかったってのも、それじゃないかな』


「そうか、イルシアのことを全然知らなかったというのも、そういうことなら説明が付くな」


『私のは推測よ?というか、ここに来てる奴が何の目的かはさっぱりわかんないし。それに、そいつにイルシアのことがバレちゃまずい状況は、何も変わってない。

ある程度自由にこの世界とシムルの行き来ができるなら、そのうち確実にここは狙われるっしょ。だから、基本的にやらなきゃいけないことも同じ。衣食住と、安全の確保ね』


ゴイルが頷いた。


『そうだな。……トモ、そちらの大臣が来るのは、3日後ということでいいのか』


「はい。この国の最高権力者の一人です。ただ、かなりの曲者だとは思います。立ち回りは慎重になされた方がいいかと。今は頼れる存在ですが……」


『そうか。……曲者というが、彼も我々を利用しようとする意図は、変わらないということだな』


「多分。イルシア、ないしはシムルの情報を独占し、将来的にはシムルへの進出も考えているはずです。

この世界には、もはやフロンティア……未知の土地は地上にはありません。特にこの国には資源がない。経済的にも行き詰まり感が出ている。

もし、シムルに進出することができ、そことの交易ができるなら……それはとてつもない国益になり得る。そのためにどうするか、彼は考えているはずです」


『ふふっ』とゴイルが笑った。「どうしたのですか」と訊くと、面白そうに『いや、おかしくてな』と返してきた。


「おかしい?」


『ああ。君はこの国の人間であるのに、随分と我々に肩入れする。それがとても不思議でね。

どういう理由でそう動いているのか、改めて訊きたくなった』


「……何ででしょうね」


言われてみると、理屈が見つからない。そもそも、ノアを匿ったこと自体が妙な判断だった。彼らが来てから6日経つが、未だにしっくり行く答えはない。


「強いて言えば……平穏のため、ですかね」


『平穏?』


「ええ。自分自身の平穏な生活を守るため、なんだと思います。そのためには、事態が早く落ち着いてほしい。結局、自分都合で動いているのは、俺もなんですよ」


『だが、そのために私財を含め、随分と色々なものを君は犠牲にしているように見える。それだけじゃないんじゃないか』


チラリ、とノアを見る。ノアのため……なのだろうか。

それもまた違う気がするが、旨そうに飯を食う彼女の顔が日々の楽しみの一つになっているのは確かだ。結局、理由は一つだけじゃないのだろう。


『……まあとにかく。ここで信用できるのはトモぐらいしか今のところいない。それでいいじゃないですか』


ノアが顔を少し赤くして、俺の代わりに答えた。彼女から見て、俺はどういう人間なのだろうか。最初こそ攻撃的だったが、今では大分態度が柔らかくなっている。

まさか、異性として見ているから?……いや、それはモテない男の、情けない自惚れに過ぎないな。俺は軽く首を振った。


ノアがそのまま話を続ける。


『それよりも。もう一つ訊きたいことがあるんです。帝国と魔侯国の戦争の後、何があったかご存じですか?

ラヴァリは、相当必死でした。何かただならぬことが、帝国に起きているのでは?』


『……私も、断片的にしか知らない。戦後、相当な不景気になっていたこと。そして国民の不満が高まっていたこと。それをイルシアへの侵攻で打開しようとしているとは感じていたが』


答えるまでに、わずかな沈黙があった。……ゴイルは、何かを隠している。今の言葉に噓はないだろうが、本当に重要なことは喋っていない。


ノアもそれに気付いたようで、身体が少し前のめりになった。


『ですが、それは帝国がウィルコニアと御柱様を狙う理由にはなりませんよね?もっと、何か違う理由があるんじゃないですか?』


ゴイルが目を閉じた。


『断片的にしか知らない、と言った。故に、真偽が定かじゃない。不用意なことを言いたくはないが……これが理由ではないかと思われるものはある』


『え?』


ゴイルの目線がシェイダに向くと、彼女はふうと息をついた。


『私も情報収集をサボってたわけじゃないよ。帝国内部が酷く混乱しているのは耳に入ってた。ただ、どの話が本当でどれが噓かさっぱり分からない。

伝説の魔獣『ジェノサイバー』が復活したとか、戦争に負けた魔侯国が古の古代兵器を引っ張り出してきたとか、まあ色々あってね。

その中でひょっとしたら本当かもしれないというのが、一つある。ただ、これは絶対に、ここだけの話にしてほしいんだ』


『……そこまで重大な話なの?』


小さくシェイダが頷く。声のトーンが、明らかに下がった。



『とてつもなく性質の悪い疫病が、帝国国内、特に魔侯国国境付近で流行してるって話』



「疫病?」



もう一度、シェイダが首を縦に振った。


『そう。罹ったら最後、相当高い確率で死んでしまうと聞いてる。しかも、急速に広がってるとも。私もこの目で見たことがないから何とも言えないんだけど』


嫌な記憶が蘇る。この国、いや世界中を襲った新型コロナウイルスのようなパンデミックが、向こうでも起きているのか。

しかも、詳細は分からないが致死率はかなり高い……ラヴァリがあれだけ取り乱すのも、当然と言えば当然だったわけだ。


『どうしてそんな大事なことを黙ってたの!!?』


「ノア、よせ。俺でも、多分黙ってただろうな。こんなことを裏も取らずに人々に流したら、ここにいる連中はどう思う?」


『……そりゃ、そうだけど……』


俺はノアをなだめると、ゴイルの目を見た。


「どれだけ、確度のある話なんですか」


『……分からん。何せ、帝国が攻めてきたのは急だった。使者が『ウィルコニアと御柱ジュリ・オ・イルシアを渡せ』と理由なく告げたのを追い返したら、そこから開戦まではすぐだったからな。

帝国には今、神族がいない。それもあって、新たな神族を据えようと模索していたのも確かだ。御柱様が狙われるのには、元々十分な理由があった』


「ただ、もし疫病の話が本当なら、手を貸すという選択肢もあったのでは」


『向こうからは何も言ってきていない。そうである以上は、戦うしかあるまいよ。元より、帝国との関係は最悪に近かった。帝国に領土的野心もある以上、仮に疫病のことを言ってきたとしても、恐らくは断っただろう』


それも道理だ。ただ、あのラヴァリの必死さは、相当切羽詰まった状況でなければあり得ない。

向こうが電撃戦を仕掛けてきたのも、少し理由は分かる。その疫病が相当程度致命的で、しかも緊急的な対応が必要なものであれば、交渉するよりも力尽くで攻めてウィルコニアと御柱を奪った方が多分早かっただろうからだ。


ここまで考えて、俺の頭にある仮説が思い浮かんだ。



……まさか、ノアの母親が「大転移」を言い出したのは、これが本当の理由か?



帝国の包囲から逃げる、というのは理屈としては分かる。ただ、それなら友好関係にある隣国のエルフの国、パルミアスに亡命でもすればいいだけの話だ。

それをしなかった、ということは……疫病の感染リスクから、徹底して逃げることを考えたのではないか?


筋は通る。だがそもそも、疫病の話が本当なのかどうかを確かめないと話にもならない。

俺は天井を仰ぎ、ノアに告げた。


「明日、もう一度ラヴァリに会いに行こう」


『……そうね。あたしもそれがいいと思う』


すると、シェイダが手を挙げた。


『あ、私も一緒に行っていい?』


「え」


『いや、単に私もラヴァリって子に会って話を聞きたかっただけなんだけどね。あと、ここに来てるっていうシルム人の魔力を探知できないかなって』


「そんなことができるのか?」


ノアが『ふふん』と鼻を鳴らす。


『シェイダの感知魔法はイルシア随一よ。遠く離れた場所にいる人でも、魔力を辿って探し出すことができちゃうんだから』


『まーそれにも限界があるけどね。その、トウキョウって街だっけ?馬鹿みたいに広いみたいだけど、ひょっとしたらそれっぽいのがいるかもしれないし。

あと、単にノアばっかり外の世界に出てるのはズルいってのもあるかな』


そう言うと、シェイダはいたずらっぽく笑った。




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